2017年01月03日

今回も大活躍!ふるさと納税でゲットしたホタテ1kg



昨年のクリスマスから年末年始
まで、我が家ではふるさと納税
でゲットした


北海道枝幸町のホタテ(1kg)


が大活躍しました。


DSC01064.JPG


おいしいんですよね、ここの
ホタテ。


こちらのホタテは1万円の
寄付でゲットできるのですが、
買えば5000円位はするのでは
ないでしょうか?


1kgあれば我が家では


クリスマスで1回
年末で1回
お正月で1回



と3回に分けて食べる
ことができます。


とっても甘いホタテなので、
私はワサビをちょっと多め
つけて、辛口の白ワインか
辛口の日本酒で刺身で食べる
のがいつものパターンです。
これだけ甘くて大粒のホタテ
なら刺身が一番!と思って
ます。


ふるさと納税の制度がいつ
まで続くか分かりませんが、
本当に大助かりな制度です。
このふるさと納税制度の
おかげで、なんか最近株主
優待制度が霞んで見えて
しまって、
優待目的で株を
所有しようと思わなくなって
いる自分がいますね。私は
ふるさと納税で大満足です。


ホタテの刺身にオススメ!
イエローテイルの白ワインです。↓


posted by ごくう at 23:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2016年ふるさと納税 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2017年01月01日

人生の目標と目的は違う。「何をやりたいか」より「どうありたいか」



2017年になりました。


私(我が家)の最近の正月は
寝正月。食べたい時に食べ、
テレビを見たり昼寝をしたり
して過ごしています。前は
正月と言えば親族に会って
いたのですが、うちの子供達
も大きくなり、親が高齢化
してくると、なかなかそれも
難しくなってきました。
それですっかり寝正月スタイル
が定番になっているのですが、
う〜ん、どうなのかな・・・。





さて、私も40代になり、本当に
今更という感じもするのですが
仕事と人生のことをよく考える
ようになってきました。



というのも、今の会社の経営者
たちの考え方にかなり違和感を
感じることが増えてきた
から
です。


正直言えば10年ほど前に入社
した時から「あれ?」という
こともたくさんありました。
しかし、「今までの会社とは
色々違って当然なのだから、
ここは合わせないといけない」

と思って仕事をしてきました。


しかし年数を重ねるにつれ、
経営者や古株の人たちとの
価値観の違いが、ここ最近
どんどん大きくなってきて
いるように感じました。





人の「価値観」はなかなか
変わらないものです。また
変える必要も無いのかもしれ
ません。
「趣味」や「好み」
と違い「価値観」はその人が
生きてきた過程で様々なものが
溶け込んで出来たものですので、
その人の「本質中の本質」の
ようなものです。そこは簡単
には変わりません。


そこが経営者とズレを感じる
ようになってきてしまったら、
もうその会社にいる意味が
無い
と思うようになって
きたのです。


結婚も同じかもしれません。
「趣味」や「好み」も大事か
もしれませんが、「価値観」
がズレてきてしまうと、もう
結婚生活は難しいと思います。





「四十にして惑わず、五十に
して天命を知る」


と言いますが、40代になって
自分の生き方(価値観)が
はっきりしてきたからこそ、
今まで会社で自分をごまか
してきたことが「何か違う
んじゃないか」
となり、
さらに経営者の人たちが
変わったのか私自身が
変わったのかは分かりま
せんが、とにかく


「価値観の違いが大きく
感じるようになった」


ということは事実ですので、
この年にして転職も考え
始めたのです。


40代の転職って・・・。
なんかうまくいくイメージが
湧きませんね・・・。



でも、今年は転職にチャレンジ
してみようと思っています。





それにしても20代、30代は
人生の「目標」、つまり
家を買ったり、子育てを
したり、仕事のスキルを
上げたりと、割と分かり
やすいものが多く、それに
向かって結構素直に努力
したものですが、40代に
なると人生の「目的」、
つまり・・・


「何のために生まれてきたのか。
自分の人生を通しての【目的】
は何なのか。」


という、なんか簡単には答え
が出ないような、そんな意識
が強くなってきた感じが
します。


これは「五十にして天命を知る」
の前段階だからなのでしょうか、
それとも普通はもっと若い時に
そう思うものなのでしょうか?
(若い時は何にも考えずに進学・
就職してしまったもので・・・。)


ただ今の自分にとっては、


人生の「目標」→「何をやりたいか」
人生の「目的」→「どうありたいか」



こんな感じなんだと「目標」と
「目的」を分けて考えています。
そして今の自分は「何をやりたいか」
より「どうありたいか」の方が
強くなっていて、それで会社と
自分の価値観の違いをはっきり
感じ、人生最後の転職をした
ほうが良いのかも?と思って
いるのです。


私の年齢、子供の進学の費用を
考えると、転職は現実的では
無いかもしれません。
しかし
あと20年近くも今の会社に
勤めるかと思うと、ちょっと
自分に自信がありません。

このまま続けても「価値観」
のズレがどんどん大きく
なっていく一方ですので。


ということで今年は


可能なら人生最後の転職を!


という年にしたいと思っています。



posted by ごくう at 22:26 | Comment(1) | TrackBack(0) | 「生きる力」日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2016年12月31日

2016年は「ひょっとして日本はいまだに徳川時代を引きずっているのではないか」と思った1年だった




2016年も今日で終わりです。
今年も色々ありました。


私が今年一番印象的だったのは
SMAPの解散です。



私は別にSMAPが好きでも嫌い
でもないのですが、私が中学
の時に学研の「中一コース」
という本を取ってまして、
その本の表紙にSMAPが登場
したのを覚えています。
もう30年も昔だと思います。
その頃香取慎吾さんはまだ
小学生でした。「オレより
年下かよ!」
とかなり衝撃
を受けたことをハッキリと
記憶しています。私の中では
そんな頃からずっとSMAPが
身近にいました。


SMAPの解散については色々
報道されていますが、真相
はともかくとして、報道等
の情報を信頼するとすれば、
これは完全に


創業家 VS 実力のある家来
の権力闘争である



と私は感じました。


実力のある家来によって
自分たち創業家の立場が
危うくなるのではないか。
もしかしたら他の家来たち
も創業家の言うことを聞かず
実力のある家来になびいて
いってしまうのではないか。


そう感じた創業家の面々は
実力のある家来を排除し、
自分たち創業家のやり方を
貫き通そうとします。
こうして自分たちの身分・
権力を守ろうとするのです。






このような


創業家が何よりも偉い


という考え方は、ずっと世襲で
やってきた江戸時代の徳川の
発想と何ら変わらないのでは?

と思うのです。
創業家というだけでたとえ
ダメでも「偉い、すごい」
と見なしてしまう。


もちろん徳川のやり方が
全て悪いとは思いません。
265年もの間「江戸時代」を
続けることができた手法は
見習う点は多くあると思い
ます。しかし今の時代には
合わない面が多々あるのも
事実です。





どんなに優秀な家来が手柄
を立てても創業家を脅かす
ような存在は認めない。

そうするために創業家以外
の人間に対してたくさんの
制限を設定します。


情報化が進んでいない江戸
時代ならその手法も通用
したのでしょうが、今は
どんなこともすぐにネット
で拡散する時代
です。
いくら制限しても拡散を
止めることができない
ような時代になった今、
創業家があの手この手で
制限を加えても、実力が
ある人物はどうしても
頭角を現しやすい環境
になっている
のです。


しかし創業家はそれがどう
しても認められない。自分
で築いた体制は、何としても
自分の子や親族に継がせたい。

どんなに実力があって貢献
した人物でも、創業家の人間
を超えるなんてことはあって
はならない。



そんなところにSMAP解散の
本質があったのではないか
と個人的には思います。





このSMAP解散と似たような
構図に、セブンイレブンの
お家騒動がありました。


この騒動があった際、いまだ
に創業家である伊藤雅俊名誉
会長の名前が出てきたことに
正直驚きました。
またこの
騒動の発端となった鈴木敏文
元会長の息子に世襲を行わせる
のでは?という噂があったと
いうのも、事実かどうかは別
として「この時代になんて
時代錯誤な話なんだ」
と私は
思いました。(個人的には
鈴木敏文元会長は高齢だし、
もう引退していいんじゃない?
もっと言えばもっと早く引退
しても良かったんじゃない?
と思います。)


 ・  ・  ・  ・  ・
 ・  ・  ・  ・  ・
 ・  ・  ・  ・  ・
 ・  ・  ・  ・  ・
 ・  ・  ・  ・  ・
 ・  ・  ・  ・  ・
 ・  ・  ・  ・  ・
 ・  ・  ・  ・  ・
 ・  ・  ・  ・  ・


SMAPの騒動もセブンイレブン
の騒動も、結局は


創業家 VS 実力のある家来
の権力闘争である


なら、いまだに徳川(江戸)
時代のような発想を引きずって
いるのが今の日本なのでは
ないか
、と思うのです。


実力ある人より創業家。
実力があるか無いかは
さほど問題ではない。
大事なのは創業家の意向
である。



この考え方は創業家が良い
方向に導いている時はいい
ですが、うまく行かなく
なった時にどうなるので
しょうか。


実力者を認めない仕組み
だと、うまく行かなく
なった時ほど実力者が
周りにいない
、という
組織になってしまって
いると思うのですが、
いかがでしょうか?


posted by ごくう at 18:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | ただの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2016年12月30日

電通の過労自殺事件の根っこは、これまでの日本の体質そのものにある



先日、高橋まつりさんの過労自殺
を受け、電通の社長が辞任しました。


電通の社長、副社長らの会見を見て
思ったのは、結局このようなことが
起こってしまう体質は、


「これまでの日本の体質そのもの
にある」


と感じました。


この「日本の体質そのもの」とは、
私は一言で言えば「過剰適応」
いうことだと思います。


・お客にバッチリ(過剰なまでに)
 対応する


・120%の力で仕事をやり抜く


・長時間働くことは良いことだ。
 徹夜で仕事をするのはスゴイ。


・仕事にオンもオフもない。
 全人生をかけて仕事を全う 
 することが美しい


・結婚相手(彼氏・彼女)を
 見つけるのも社内か取引先


・転職するなんて逃げである。

 

とまあこんな感じが「これまでの
日本の体質」でしょうか、これは
高度成長時代の体質と言ったほう
が良いのかもしれません
が、高度
成長がとっくに終わった現在でも
結構蔓延している「日本の体質」
なのではないでしょうか?





このような「体質」はインフレ期の
高度成長時代にはピッタリ
なわけ
です。国全体の需要が超過状態で
あって、供給が追いつかない。
そんな国では多くの人がガンガン
働き、その見返りとして給料も
どんどん上がる、という「良い
サイクル」にあるわけです。
そりゃ仕事も楽しいでしょう。


しかし今は違うのです。


デフレが長く続き、いくら働いても
なかなか給料が上がらない。しかも
様々な分野ですでに満たされている
状態のため、「需要自体がない」


そんな状態なのに高度成長時代を
忘れられずに、同じノリで仕事を
している。これではどこかで必ず
無理がきます。






でもその「無理」をカモフラージュ
するために色々な精神論を上の世代
は言ってきます。


・仕事を通じて人間は成長する


・一つのこともまともにできない
 やつが、他のことなどできる
 わけがない。


・皆が仕事をしているのに、定時
 で上がったりするなんて協調性
 が無い証拠。まして有給を取る
 なんて信じられない。


高度成長時代の価値観に洗脳された
人は、このような精神論をぶつけて
くるわけです。


このような精神論の怖いところは、
「あながち間違っていない部分もある」
というところです。


一部は正しい部分もあり、まさに正論
だという面もある一方で、


「それを言い出したらキリが無いだろ」


という面もかなりあるのが精神論の
厄介なところ
なのです。


この精神論による「キリの無さ」
こそが過剰適応を生み出します。


--------------------------------
やってもやっても満たされない。
やってもやってもダメ出しされる。

でもこんな苦労こそが仕事も人も
成長させるんだよね♪

--------------------------------


というノリ(精神論)です。


でも現実にはこんなことは「無い」
のです。これが「ある」のはほんの
一部の人か、ワーカホリック的な
人くらいです。


--------------------------------
仕事に過剰適応しているからこそ、
仕事に過剰なものを求める。

でも本当はそこには何も「無い」。
あったとしても、実はそれほど
たいしたものじゃない。
--------------------------------



それが真実なのだと私は思います。


これを今までずっとごまかしてきた。
バレないように、バレないように、
会社も本人も騙し続けてきた。


その反動がこのような悲しい事件に
なってしまうのです。





この電通の高橋まつりさんの死は
日本では氷山の一角だと思います。
また自殺までいかなくても、それに
近い病気になったり、退職を余儀
なくされた人も大勢いると思います。


私はこのようなことが起きるたび、
「いつまでも高度成長時代の感覚
から抜け切れないのは異常」だと
感じます。また「仕事に過剰適応
する(させる)ようなメンタリティ
も異常」だと思っています。


人間は仕事とプライベートのバラ
ンスがあってこそ良い人生が送れる
というもの。
どちらかに極端に
偏った生き方というのは、ほんの
一部の人(天才的な人)で十分。
我々日本人はいい加減そのことに
気付かないといけないのだとこの
電通の事件を通じて思いました。


※(参考)現在仕事がつらいと思う方、
下記のようなサイトを見つけました


▼楽な仕事ドットネット
http://bit.ly/2ie12cv



posted by ごくう at 14:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | 「生きる力」日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2016年12月25日

コントロール思考は世代間で連鎖する可能性がある



コントロール思考はコントロール
する側の人にとってとても便利な
思考なので、コントロール思考で
味をしめてしまうと


「コントロールは正しい」


という錯覚してしまいます。


仕事や勉強、親子関係や人間関係
においてもコントロール思考は
強い影響をもたらしますが、
コントロールの味をしめてしまうと
状況・他人をコントロールしたくて
たまらなくなるのです。


コントロール思考の怖いところは
コントロールする領域がどんどん
広がっていくことです。



はじめは勉強や仕事だけ、つまり
自分だけに及ぶコントロールが、
エスカレートしていくと友人関係、
親子関係など、他人に対しても
コントロールすることが良いこと
であると錯覚してしまうのです。





ここでは家庭(親子関係)での
コントロール思考を挙げてみたい
と思います。例えば・・・・


「本人のため(会社のため)」と
言いながら、進学先や結婚相手
まで親が決めてしまう。


家族旅行に行くと言いながら
親だけで行き先からプランまで
決めてしまう家庭。


父も母も共働きだからと言って
家の掃除や家事などを半強制的に
子供にやらせる親。


子供が就職先(進路)を選ぶ際
親の意見を子供に強く反映させ
てくる親。(同じく子供が部活
やアルバイトを選ぶ時も強く介入
してくる親。)




このような親(家庭)で育った
人はコントロール思考に充満
した家で育っているので、
「コントロールする・される」
が当たり前であり、「コント
ロールする・される」
が愛情
であったり人情であると考えて
しまいがちなのです。





怖いことに、コントロール思考
の下にいることが正しいと錯覚
している人は、多くの場合は
周りの人を不幸にしていきます。

それは周りの人を心から信頼
することができず、信頼して
接するということが出来ない
ので、相手が次第に息苦しく
感じるようになってしまい、
強いストレスが生まれてしまう
からです。


しかしコントロール思考の
人はそこに気付きません。

コントロールすることこそが
愛情であったり人情であると
勘違いしているため、ますます
コントロールしようとして
しまう
のです。


コントロール思考の人は自分は
コントロールしているという
自覚がありません。
それは親
(家庭)からそのような環境で
育てられたので、それがごく
当たり前のことだからです。





現在はこのような親を「毒親」
と言ったりもするようですが、
この毒親こそコントロール思考
に陥っているのと同時に、彼ら
もまたコントロール思考の親に
育てられた可能性があるのです。
そういった意味では毒親と言わ
れている人は加害者でもあり
被害者でもあると言えます。


コントロール思考にも同じような
ことが言えます。コントロール
思考の下で育った親が今度は
子供をコントロールしてしまう。

そしてそれが愛情であったり、
しつけであったり、人情だと
錯覚してしまう。


本物の愛情や人情には、相手を
コントロールしようという思い
はないはずです。
子供であって
も自分の道は好きなように
選ばせる。進路であっても
〇〇高校や〇〇大学へ行け、
などとは言わない。自分が
社長だとしても子供が会社を
継ぐか継がないかは子供に
選択させる。


そうできるのは子供を従属物
(コントロール)としてでは
なく、一人の人間として扱い
(脱コントロール)、心から
信頼しているからこそできる
のです。(信頼していない親は
子供を平気でコントロールして
しまいます。)


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


このようにコントロール思考は
世代間でも連鎖する可能性が
あるため、注意が必要です。
まずは自分がコントロール下
にあったのか、なかったのか、
その自覚(振り返り)が大事
なのかもしれません。
もし
自分がコントロール思考が
強いなと感じたら、自分の
世代でコントロール思考は
終わらせて脱コントロールを
目指していく、そう考えた方
が良いと思います。



posted by ごくう at 22:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする