2019年04月08日

秘すれば花。いい大人は仕事場でプライベートをさらけ出してはいけない



私の趣味は読書、ゲーム、
投資、ブログなのですが
趣味は人生の潤滑油として
とても良い面を持っている
と思います。


しかし私のような40歳を
過ぎたいい大人が職場で
「趣味が、趣味が」
むやみやたらと趣味の話
をしてしまうと、これは
あまりカッコのいいもの
ではありません。


職場はそこが稼ぎ場で
あって、社会人であれば
あくまで職場をメインと
して振る舞い、趣味の
ような話はサブ
であって
それこそ潤滑油程度の
会話としておくことが
大人の振る舞いという
ものだと思います。






たとえ20代のような若い
世代の人であっても職場
ではあまり趣味は全面に
出さないほうが粋
かもしれ
ません。


というのも、職場で自分の
プライベートをあまり出し
過ぎてしまうと、何だか
とても薄っぺらくみえて
しまう
ものです。


たとえその人の役職が立派な
ものだとしても、あまりプラ
イベートな面は職場では
さらけ出さないほうがいい。
そのほうが「秘すれば花」
何となく魅力というか色気が
その人から出るのです。


でも飲み会では別。
飲み会という場では仕事の
話は極力抑えて、仕事以外の
プライベートな話もしましょう。
そうすると人間として奥行き
が出て、人として魅力が出る
のです。


仕事場は仕事をメインに、
プライベートはほどほどに。
プライベートの出しすぎには
注意ですね。




posted by ごくう at 09:02 | Comment(0) | 「生きる力」日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2019年03月24日

人間関係の悩みの多くは「コミュ障」、「情弱」、「人への関心の無さ」からくる




最近私の会社では人間関係でうまく
いっていないチームがあります。
幸い私のチームはまだ(?)大丈夫
なのですが、そのチームは実質的に
崩壊寸前
というくらい、人間関係が
うまくいっていないのです。


どのくらいうまくいっていないかと
いうと、8人程のチームなのですが


・急に休む人が多い
・遅刻、早退が多い
・あいさつをしない



などが最近とても目立つようになって
いるのです。8人程のチームで1人休む
だけでも大変なのに、2人、3人
いないこともザラ。これでは真面目に
出勤している人がたまったものでは
ありません。





このようなチームを私は社会人に
なって幾度となく見てきました。
私はこのような状況になるには
いくつか要因があると思っていて、
それらが複合的に絡んで「何だか
うまくいっていない」
という状況
になるような気がします。
その要因とはズバリ「コミュ障」
「情弱」「人への関心の無さ」

3つだと思っています。


まず「コミュ障」について。
「コミュ障」とは、決して会話が
少ない、口下手ということだけ
ではありません。アッパー系の
コミュ障
という言葉もある通り、
相手への配慮をせずにガンガンと
話しかけたりするコミュ障の人
もいます。


本当の「コミュ障の人」は
特定の人、特定の話題にとても
執着します。
で、それで自分は
コミュニケーションが得意だと
勘違いしていることが多い。


コミュニケーション能力に長けて
いる人は、様々な人、色々な話題
ができます。
決して流されている
わけでもなく、また八方美人と
いうわけでもなく、自分を持ちつつ
色々な人とコミュニケーションを
取ることができます。また相手の
属性にそれほど影響を受けません。


そしてこの「コミュ障」だから
なのか、それとも「情弱」だから
なのか、どちらが先なのかは分か
りません
が、「情弱」だと話題が
乏しくなり、ますます特定の人、
特定の話題しかできなくなって
いきます。


でもこの「コミュ障」も「情弱」も、
根っこにあるのは、実は「人への
関心の無さ」
があるのだと思います。


「人に関心が無い」から相手に配慮
した交流ができず、自分本位の交流
になる。だから特定の人としか付き
合えない。



「人に関心が無い」から「情報」にも
疎くなる。


このような負のサイクルができていく
ような気がします。


この負のサイクルを断ち切るためには
まず相手がどうというよりも自分が
相手に関心を持たないと始まらない

ような気がします。特に先輩・上司に
あたる方は人に関心を持たないと
いけないような気がします。


相手に関心を持つから色々な人と
話すことができる。


相手に関心を持つから「情報」にも
関心を持つようになる。


そうすると相手も自分に関心を持つ
ようになり、お互いの交流が始まる。



最初は負のサイクルだったとしても、
相手に関心を持つことで正のサイクル
が少しずつ動きだすのではないで
しょうか。


なんとなくチームがうまくいって
いない、なんかギスギスしてるなと
感じる方、でも話題なんか無いし、
と思っている方は、まずは自分から
相手に関心を持ってみては
いかがで
しょうか。きっと何かが変わって
くることと思います。


▼関連記事
コミュ障の人は「安心」を求め、
コミュ力が高い人は「信頼」を求める




posted by ごくう at 00:56 | Comment(0) | 「生きる力」日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2019年03月11日

雰囲気が良い、悪いとはこういうこと


私事で恐縮ですが長女の高校受験が
終わり、我が家もホッとした空気に
なりました。受験にはまだ少し前の
10月頃にはピリピリしていた感じの
ある娘でしたが、受験が近づいてきた
年末くらいから、どういうわけか
(悟りを開いたのか、諦めた
のか?)
精神的に落ち着いてきて
勉強に集中するようになりました。
そのおかげか希望の公立高校に
入ることができ、本人も自信が
ついたようで、人間的にも大きく
成長できた受験となりました。
やっぱり人間は試練が必要なの
かもしれません、試練は人を
大きく成長させる気がします。



それにしても、受験が終わって
希望の高校に入って「良かった」
と思える我が家ですが、こういう
良い出来事を


「たいしたことない」

「でも・・・〇〇の方がいいよね」


というようなひねくれた見方を
する人も案外いるものです。


良い出来事、価値のある出来事を
過小評価し、悪い出来事、たいして
価値の無い出来事を過大評価する。



そんな見方をして一体何のメリット
があるのか理解に苦しみますが、
ひねくれた人はそういう見方を
して喜んでいます。





こういうひねくれた人がいると
その場の雰囲気が一気に悪く
なります。



本当に良い出来事、価値のある
出来事は素直に喜べばいい。

それができないひねくれた人は
自分の都合の良いことしか認め
られず、自分の人生の幅も狭めて
いきます。


普通に良い出来事、価値のある
出来事を素直に喜べる人がいる
場は、とても雰囲気が良くなり、
多くの人が力を発揮しやすく
なります。そしてその場にいる
人たちは人生の幅を広げていき、
より良いものをキャッチして
いきます。



雰囲気が悪い、雰囲気が良い、
というのはこういうこと。

学校でも会社でも家庭でも
良い雰囲気のところにいたい
ものですし、自分自身が良い
雰囲気を作り出していきたい
ものですね。


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posted by ごくう at 01:35 | Comment(0) | 「生きる力」日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2019年02月03日

コミュ障の人は「安心」を求め、コミュ力が高い人は「信頼」を求める



みなさんはコミュ障というとどんな
イメージを抱くでしょうか?


・会話が無い(少ない)
・言っていることが分からない


一般的にはこんなイメージが
ありますが、どうもそういう
ものでもないのではないか、
という思いが昔からずっと
ありました。


といいますのも、やたらと距離感
をつめてくる人だって相手のこと
を慮れない時点でコミュ障だと
私は思うのですが、こういう人は
ウザいとは言われるもののコミュ障
とはあまり言われないですし、下手
をすれば「コミュ力がある」と見る
人もいます。


結局本当のコミュ力とは「相手の
ことを考えつつ適切な距離感で
人間関係を築き、意思疎通が
図れること」
と私は思うのですが、
もっとスッキリと説明してくれて
いる記事を見つけましたので
紹介いたします。


▼記事はこちら
「コミュ障」の本質が、ようやくわかった。






この記事にはとても重要なことが
書かれています。それは


「安心」に依存していると、「信頼」する
能力が育たなくなる



ということ。つまり「安心」を求めて
ばかりいるとコミュ障になる、という
ことです。逆に「信頼」を求めていると
コミュ力が育つ、ということです。


「安心」を求める人は相手や状況を
コントロールしようとしていますが、
「信頼」を求める人はコントロール
しようとはしません。



つまり「安心」を追求しているコミュ
ニケーションは、その時点でベクトル
がおかしいのであって(自分中心)
どんどんとコミュ力が落ちていく。


これはとても恐ろしいことで、結構
勘違いしている人が多い。特に
村社会的な閉鎖的な空間ほどこの
「安心を追求したコミュニケーション」
が多発し、しかも村八分にしたがる
傾向があるので、ますますコミュ力
が落ちる(でも気が付いてない)、
という負のサイクルになりがちなの
です。


みなさん、どうかコミュ障を間違え
ないで!真のコミュ障とは村社会を
求めるような閉鎖的安心感を求める
人のこと
なのです!




posted by ごくう at 22:49 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2019年01月19日

追っているか、追われているか


私の仕事は事務系なのですが、
お客様からいただくご注文を
さばく仕事がメインなので
基本的に受け身の仕事が多い
です。


「基本的に受け身の仕事」と
書きましたが、あくまで
「基本的に」
というだけで、自分から仕掛ける
仕事が無いわけではありません。

今までにない仕組みを作る、
部下の教育の計画を建てる、
今後に備えての仕事、これまで
の不備を改良する仕事、この
ような仕事は受け身ではでき
ないことです。





しかしながら「基本的に受け身
の仕事」ですので、受け身だけ
の仕事をしていても怒られる
わけではありません。とりあえず
受け身でやっていれば問題では
ないわけですが、ただこれを
10年、20年と続けていくと問題
が噴出してくるのです。



というのも先輩になったり役職が
付いたりしたら、受け身だけの
仕事では成り立たないわけです。
どうしても自分から計画を立て
たり、主体的に動いたりしないと
うまくいかない。ここがとても
大事なんですね。


ところが私の会社でこのことが
分かっている人が意外と少ない。
役職者の中でも受け身が染み
ついていて、自分から計画を
立てたりすることができず、
悩んでいる人もいるのです。


このことは私の仕事に限らず
勉強でもスポーツでも一緒
だと思います。



要は「追っているか、追われて
いるか」ということ。



「追っている」状態になれば
スムーズに行ってストレスが
少なくなることが多くなる。
反対に「追われている」状態
だとスムーズに行かなくて
ストレスも増える。





そしてポイントはこの
「追っているか、追われて
いるか」の自覚があるか、
ないか
というところです。


「追っている」時はその
自覚が無くてもいいかも
しれませんが、「追われて
いる」時にその自覚が無い
と、いつまでたっても面白く
ない状態が続くということ
です。



仕事も勉強もスポーツも、
何事もできる限り意識的に
「追っている状態に持っていく」
ことがうまくいくコツだと
思うのです。どうしたって
「追われることになる」
のですから、できるかぎり
は「追っている状態」に
しておいた方が気分がいい。

そういうことだと思います。


▼関連記事
「積み上げ」だとコントロール思考になり、
「逆算」だと脱コントロール思考になる





posted by ごくう at 16:19 | Comment(0) | 「生きる力」日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする