2018年05月03日

どうして「今、ここ」に意識が行かなくなるのか



心理学を学ぶとよく


「今、ここ」が大事。
「今、ここ」に意識を向けよう。



などと言われます。
(産業カウンセラーはロジャーズ派
なのですが、このロジャーズも
「今、ここ」を大事にする考え方
です。)


私もこの考え方にはとても共感を
覚えます。「今、ここ」に焦点を
当てず、未来や過去や違うところに
意識が行ってしまい、それで色々
悩んでいる。それなら「今、ここ」
を見た方がよっぽど気が楽になる
はずだよ、と思います。


しかしそれでも「今、ここ」を
見ることができない人が沢山いる。

よく考えてみると、「今、ここ」
が大事だよ、と昔から言われてる
のは、それだけ


「今、ここ」ができない人が多い


ということ。シンプルに考えれば
「今、ここ」に意識を向けることは
簡単なようで実はとても難しいのだ
と思います。


ではどうして「今、ここ」に意識を
向けることができないのか?



私なりにいろいろ考えてみたのです
が、「今、ここ」に意識が向かない、
つまり「斜に構えてしまう」という
のは、結局のところ


・嫉妬/ひがみ
・一番になりたいという意識が強い
・状況や他人をコントロールしたい
 (戦う相手は自分ではなく他人)



の3つのいずれか(もしくは複合で)
が原因なのではないかと思うのです。






この3つは自分に意識が向いている
のではなく、あくまで自分以外の
他人だったり状況だったりに意識が
向いている状態
です。本来ならば
内省し自分を見つめ直すことで色々
道が開けることが多いのですが、
自分より他人や状況の方に目が
行ってしまうというのは、結局の
ところ


そっちの方がはるかに楽


だからです。


手っ取り早く、短期的に効果を
求めるのであればそれでもよい
でしょうが、根本的に良い方向
に持って行こうと思うのであれば、
本来はじっくりと見つめ直したり
する時間が必要なので、どうして
も時間がかかりますし、面倒な
もの
です。


ですがそれを短期的に楽にやろう
とすれば、どうしても自分よりも
周り(状況・他人)を変えるしか
ない。だから「今、ここ」に焦点
を当てる必要なんか無い
のです。


手っ取り早く手軽に変えるために
他をコントロールする。でもそれ
じゃただのコントロールであって、
そんなのあまり意味が無いよ、
だから「今、ここ(自分)」が
大事なんだよ、ということなの
ですが、先にも書いたとおり
これが実は難しい。難しいから
こそ色々なセラピーで「今、ここ」
が大事だよ、と言われ続けるので
しょう。



繰り返しになりますが「今、ここ」
に意識が向いていないで色々と
悩んでしまったりしているのは、
他をコントロールしようとしている
から。その根っこには


・嫉妬/ひがみ
・一番になりたいという意識が強い
・状況や他人をコントロールしたい
 (戦う相手は自分ではなく他人)



という、自分の内面を見ないでいる
からに他なりません。
自分を責めすぎてはいけませんが、
「今、ここ」に意識が向いていない
のは自分のせいである、
と思っても
間違いではないような気がします。


「今、ここ」と自分に意識を向ける。
大変なことかもしれませんが、それが
一番良いのだと思います。




posted by ごくう at 22:10 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2018年04月30日

感じの良い50代になるために若いうちからやるべきこと



私は今40代ですが、年をとるに
つれ


ああ、年をとるって案外難しいな


と思います。


というのも・・・年をとるごとに
性格が悪くなっていく人も結構
いるので(笑)。


これはもう子供の頃からずっと
「何で年寄りは性格悪い奴多い
んだろ?」
と思っていたのですが、
最近その理由が分かりました。
今回は20代、30代、40代と年代
ごとに書きたいと思います。






20代は基本的に仕事も人生も何かと
「まっすぐ」。経験も少ないですし
「まっすぐ」な故に失敗もつきもの
ですが、それでもたくさんのことを
吸収していく大事な時期。


そして30代は20代の経験を踏まえ
つつ、さらに色々とチャレンジして
みる年代
だと思います。この年代も
成功やら失敗やら色々あると思い
ますが、これらはすべて自分の器を
大きくする要因となります
ので、
基本的に無駄なことはないかと。


そして40代。ある意味ここが分岐点。
20代、30代とキチンとやってきた
人にとっては40代は力を存分に発揮
したり、さらに力を蓄えたりする
(マネジメントスキル、ヒューマン
スキルなど)時期。


しかしながら20代、30代をキチンと
やってこなかった人は、基本的に
斜に構えている
からか、40代は
めちゃくちゃ力を発揮しにくい。

というか20代(まっすぐに)、
30代(色々な経験)をまともに
やってこなかった人は、40代は
もはや斜に構えるしかない(笑)。

なぜなら下の世代もそれなりに
力を付けてくるし、自分の世代は
バラツキが激しくなる世代だし、
で、自分の立ち位置が微妙に
なってしまう人が多いのが40代。


20代にまっすぐな姿勢を身に着けて
いる人は、40代でもまた新たな
ステージ(管理職等)でもまっすぐ
に取り組もうとするから、こういう
人は若い世代からも支持されやすい

ですが、そうじゃない斜に構えて
批判ばかりしているような人は、
自分のポジションに不満たらたらで
文句ばかり言っているのだけ。
だからモチベーションの高い若い
世代からは支持されない。



40代はそういう意味で20代、30代
までの中間決算的な年代であり、
その中間決算によって色々見たく
ないものまでまざまざと見せつけ
られてしまう
ので、何かと問題が
起きやすい年代なんだと思います。


この中間決算の40代でキチンと
やっていることができれば、清々しい、
気持ちの良い50代になれるのでは
ないでしょうか。



自分が見てきた50代の人で
「あ、この人感じいいな」
と思わせてくれる人は、たいてい
40代がうまくいっていそう
です。


でも40代がうまくいくためには
20代・30代をしっかりやらないと
ダメなわけで、結局感じの良い
40代、50代というのはもう20代
からの蓄積そのもの
なんですね。


そう考えると40代、50代で
いきなり「感じの良い中年になり
ました」ということはあり得ない
わけで、結局のところ若いうち
からの蓄積、つまりこれこそが
「器」かと。


自分は20代の頃はこんなことは
まったく意識をしていなかったの
ですが・・・、もっと早く気付く
べきだったと思います。どうせ
年を重ねるなら、感じの良い中年
になりたいですからね。




posted by ごくう at 22:48 | Comment(0) | 「生きる力」日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2018年04月28日

「同じ」になろうとする人は結局信用されない



私が仕事をしている同僚の中に、
忙しくなると手伝ってくれようと
するのはいいのですが、常に
まわりの人と同じ仕事をしようと
してしまう人がいます。


同じ仕事をしてくれることで
とても助かることもあるのですが、
常にそうとは限りません。


例えば今Aさんが「B」という
仕事で大変で「C」が滞っている
から「C」にヘルプに入ろう、
とか、Aさんは「B」で手一杯
だけど自分では何をしたらいいか
わからないので
「何かやれることはありますか?」
と聞く、とか、そういう感じでは
なく、


常に「B」を手伝おうとする


のです。


この人を見ていますと、これは
仕事に限ったことではなく、何事
にも「同じ」になろうとしている
感じがします。



自分が野球観戦が好きなら相手も
野球観戦を求める


周りがAということで話題になって
いたら自分もAを始める



という感じで、人は周りからの
影響を受けつつ生きていくもの
ですが、その程度が激しい
いうか、とにかく相手(周り)と
同じになろう、同じになろうと
してくるのです。






そんなおり、その人を見てある若い
人が私にこう言いました。


「Pさん(同じになろうとしてくる
人)って変ですよね。Pさんは40代
なのに、20代の私に仕事のことで
まったく同じ視点で見てくる。
普通40代だったら40代の視点で意見
とかアドバイスしてきませんか。

それが20代の私の見方と全く同じ
なんですよ・・・?」


このPさんは精神年齢が20代である
とか、そういう可能性もありますが、
それよりも


相手と同じ=良いこと・やさしい

相手と同じ見方=相手を理解している



と思い込んでいるという感じです。


この姿勢は最初はそれでも通用
しますが、それが次第に


何かこの人、変だな


という感じになってきます。


というのも


常に相手と同じなんて普通はあり
得ないから



です。






年代も経験もキャリアも違うのに、
相手と同じことばかり言ってくる
人なんて逆にあり得ない、という
ことです。


なのに「同じ」になろうとして
くる。これでは(最初は信用された
としても)結局は信用されません。


相手と違って当たり前。
「同じ」なんてことはあまりない
のが普通です。


「同感と共感は違う」といいますが
「同感しかない」とか「同感が異常に
多い」というのは変
です。
「同感しかない」人は結局信用され
ません。信用される人は、同感する
時は同感し、違う時は違うと言える
なのではないでしょうか。


▼関連記事
「共感」と「同感」は全く違う




posted by ごくう at 18:38 | Comment(0) | 「生きる力」日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2018年04月22日

意図的なのか無意識なのか・・・独占しようとしてしまう人の心理



私が大学生の頃の話です。


アパートの大家さん(おばさん)と
仲良かったので色々と話をしたの
ですが、その時に


「〇〇君(私)、ブサイクとだけは
付き合っちゃいけないよ。」


と言われました。理由は


「ブサイクは平気で人をおとしいれる。
そして平気で嘘をつく。



私が若い頃、女3人、男3人で遊ぶ
ことになって、その中に一人ブサイクな
女が一人いた。遊ぶ時になぜか仕切り
だして、集合時間は10:30に、という
ことになった。


そしたら私ら2人には10:30と言って
おいて、他の人たちには集合時間は
10:00と言っていた。
そしたら私ら
二人は30分遅く行ったことになったの
だけど、どうもそいつは意図的にやった
ような気がするんだよね。で、自分は
早めに行って先に男の子たちと仲良く
なってやろう
、という感じで。


でも私ら二人は自分で言うのも何だけど
美人だったから、結局男たちにモテて、
ブサイクはモテなかったけどね(笑)。」






この話のようなことは実は普通に
あるような気がします。


会社でも自分の承認欲求を満たす
ために後輩や部下に仕事を渡さす
自分だけの独占業務にしてしまう、
そんな類です。


つまり周りには内密にしつつ自分
だけ先行投資のようなことをし、
しかも周りからは入られない
ように工作する。


でも・・・、先の話ではないですが、
この工作はたいてい失敗します(笑)。


なぜかと言えば、そもそも先行
投資的な行動で独占しようと
している時点で、自分の負けを
認めてしまっているから
です。


・他人に出し抜かれたくない。
・他人より先に接触・行動することで
 親密な関係になりたい。



これらはすべてコントロールです。


状況をコントロールすることは最初は
意外とやりやすい
ものです。人より
先に行動し、先手必勝という発想で
出し抜けばまずは「勝てる」わけ
ですから。


でも、短期的にはそれで「勝てる」
かもしれませんが、長期ではまず
「勝てない」。自分では「勝てない」
と知っているから先行投資・先手
必勝の行動をとってしまうのです。
これは意図的なのか無意識なのかは
わかりませんが、いずれにしても
「勝てない」と分かっているから、
焦っているから独占しようとして
しまうのです。



脱コントロール思考ならばこれは
あり得ません。


コントロールしようとしませんから、
行動が自然となり、最初は仲良く
ならなくても次第に気が合う同志で
仲良くなっていく
のです。


仕事も一緒です。
自分一人で独占などせず、部下・後輩
に自然と仕事を振っていく度量が
あれば他の仕事に着手することが出来、
ますます仕事の幅が広がっていく
のです。これは承認欲求のために
仕事をしている(コントロールして
いる)のではなく、周りのため、
相手のために仕事をしているから
できることなのです。


独占しようとしてしまう人には
「自分が一番得をしたい」
という意図がありありと感じられ、
結果として信頼を失ってしまうの
です。


顔がブサイクなのは仕方ありませんが、
性格までブサイクになってしまったら
救いようがありません。


性格が良いとは脱コントロール思考で
いること。

性格が悪いとはコントロール思考に
なってしまっていること。

内面がブサイクにならないように気を
つけないといけませんね。




posted by ごくう at 00:00 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2018年04月15日

評価者である前に理解者であれ!


人と話をしていると「何か
不愉快だな」
と思う人の
話し方をよくよく観察して
みると、やたらと自分が
評価者であるような話し方を
している
ことに気が付きました。


このような話し方をする人には
学歴が高い、会社で役職が高い、
という人もいるのかもしれま
せんが、一概にそうとも言えない
というのが私の印象です。つまり
評価者風に話す人は学歴や役職の
ようなものではなく、一種のクセ
のようなもの
なのかもしれません。


ですがこのクセ、最初のうちは
我慢もできますが、付き合って
いくとだんだん不愉快になって
きます。「あなたは一体何様
なの?」
とどうしても感じて
しまうからです。まわりにこの
ような評価者風の話し方をする
人がいるといつの間にか感染
してしまうこともあるので注意
が必要
かもしれません。


この評価者の視点が怖いのは、
評価者のような視点ばかりで
人やモノを見ていると、次第に
人やモノを「理解しよう」と
しなくなってくる
ことです。


相手を理解しようとするよりも
評価してしまう。



こうなると相手のことを見よう
ともせず、見ないで一方的に
評価してしまうようになります。


相手を見ないで評価するなんて
基本的にはあり得ないと思うかも
しれませんが、評価者癖がついて
しまった人には理解者の視点が
欠如
していますので、相手を
ろくに見もしないで評価をして
しまうようになるのです。






しかしこれでは人が離れていく
でしょう。
いつも評価者風を
吹かせているけど相手を理解
しようともしない、では人が
離れていって当然かもしれま
せん。


人と話をする時、接する時、
評価者である前にまず相手を
理解しようとする姿勢が大事

なのではないでしょうか。
極端に言えば評価者である
姿勢なんてほとんどいらない

のかもしれません。


人は自分を評価しようとして
くる人なんてだいたい不愉快
に感じるものです。
逆に自分を理解しようとして
くる人には好感を抱きます。



評価しようとする人は相手や
状況をコントロールしようと
する傾向があり、理解しよう
とする人は脱コントロール
いう感じがします。


評価しようとすると何かと
無理が生じ、
理解しようと
すると無理がなく自然体に
なれる
という感じがします。
「評価するより理解しよう」
という姿勢が大事なような
気がします。




posted by ごくう at 10:35 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする