2018年01月01日

幸せとは、客観的に、バランスよく、脱コントロールの状態で生きること。




「幸せ」とは一体何でしょうか。
この漠然とした問いに人は昔から
問い続け、研究を重ねてきたよう
に思います。


私も色々「幸せ」について本を
読んだり、自分の経験を通じて
考えてきました。「幸せ」とは
人によって異なりますので、


「〇〇なら絶対幸せ」


という決まったものではありませんが、
ある程度の共通性はあると思います。


そこで私なりに考えた「幸せ」に
ついて書きたいと思います。






私なりに考えた多くの人に共通
する「幸せ」とは、以下の3つの
状態で生きている時のことです。


----------------------------------

【1】
 主観より客観が優位になっている
 状態にあるとき


【2】
 何かに極端に偏りすぎず、様々な
 チャンネルにバランスよく関与し
 ているとき

 (ただし一時的に極端 に偏りが
 生じる時もある。それは 経験と
 して必要な時であり、一時的な
 偏りなら別に問題ない)


【3】
 脱コントロール状態にあるとき


この【1】〜【3】の状態で生きているとき、
人は「幸せ」だと感じる。



----------------------------------







上の【1】【2】について一言で言うなら


「自分に、他人に、人生に、様々な
ことに対してニュートラル」



ということです。


とても参考になるわかりやすい
図が以下のサイトにありました
ので、参考にしていただけると
よいと思います。


▼参考記事

不幸の原因はあなたの心にあった…
「幸せになりやすい人」が実践する
気持ち習慣



自分がどの位置にいるのか、どんな
思考のクセがあって、どんな偏りが
あるのか。


これを客観視すればするほど、自分の
現在の立ち位置、自分の生き方、考え方、
そして自分が今そう考えるようになって
いるベース(原体験)が分かりますので、
どういうことを目指せば自分の考える
幸せに近づくのか、理解できるのです。


しかしこれは容易ではありません。
自分を客観視する(自分と向き合う)
ことがある意味一番難しい。だから
自分を客観視し、自己理解を促進
させてくれるためにカウンセラーの
ような職業があるのです。


裏を返せば、自分のことを主観的に、
バランス悪く、様々なことに対して
ニュートラルな状態でない状態で
生きている人は不幸せだと感じる
確率が高い
ということです。







そして最後に【3】ですが、


幸せとは脱コントロールの状態である


ということです。


様々なことに対して客観的で、バラ
ンスよく、ニュートラルな状態で
あれば自然と脱コントロールになる
のだと思いますが、脱コントロール
であればニュートラルな状態に近づく
とも言えます。


どちらが先でも問題ないとは思います
し、ある意味で同義のようなところが
あると思いますが、やはり意識として
「コントロールを極力しない」という
視点は自制を促す意味でも大事だと
思います。コントロールをしようと
すれば客観的、バランスからは次第に
離れていき、非ニュートラル→コント
ロール思考に繋がっていってしまい
ますから・・・。


▼関連記事

良い記事:「才能と収入は別、努力は
人を裏切ると心得よ」水木しげる
人生訓「幸福の七か条」に大反響





posted by ごくう at 23:41 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2017年12月23日

とても良い記事:“リーダーシップ”と、“ただの仕切りたがり”の違い



リーダーシップとただの仕切り屋。
この差は一体何なのか、具体的に
書かれたとても良い記事です。



リーダーシップのある人には人望
があって、ただの仕切りたがり
には人望がない、という見方も
ありますが、それだけの話では
ありません。







人望もさることながら、見て
いる視野の広さ、蓄積された
経験、育ってきた環境など、
様々なことがミックスされて
出来上がるものがリーダー
シップとただの仕切り屋の差。

この差はそんな簡単に埋めら
れるものではない
というのが
私の人生経験上の答えです。


私流に言うと、リーダーシップ
のある人は脱コントロール思考、
ただの仕切りたがりはコント
ロール思考。やっぱりコント
ロール思考はロクなことが
ないということです・・・。



▼記事はこちら
“リーダーシップ”と、“ただの仕切り
たがり”の違い

【DJあおいの「働く人を応援します!」】



▼本ブログ内関連記事
老若男女問わず、誰からもほぼ確実に
嫌われる方法





posted by ごくう at 11:57 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2017年12月19日

人に要求ばかりする前に、自分の成長を考える



「神様、仏様、どうか私の願いを
叶えてください。」


年末年始になると何かと神頼みの
ようなことが多くなりますが、
神様も大変ですね。人間は一体
どれだけ願いがあるんだ、と
ウンザリしているかもしれません。


神頼みではないですが、人に何かと
「要求ばかりする人」という人が
います。


〇〇してください

〇〇はしないでください


という感じで、ああしてほしい、
こうしてほしいと他人に要求
ばかり。



仕事でも仕事の範疇を超えて
いるような要求を平気でしたり。
(まあ昨今はパワハラなどと
言われる良い風潮があります
ので、以前ほどではないで
しょうが。)






でもよく考えてみてください。


人に要求してばかりの人ほど、
自分のことはおろそかになりがち
ではないでしょうか?



人には「〇〇しろ」「〇〇して」
と平気で言うのに、自分では
全くというくらい「〇〇する」
ということが無い。



人に要求するならまず自分から
だろう、と思うですが、こう
いう人はその思考回路がありま
せん。


人に要求する前にまず自分が
成長して、人に「〇〇できる」
くらいになって初めて人に
たいして「〇〇してほしい」
と言える(要求できる)のでは
ないでしょうか?

そうしないといい人、ちゃんと
した人はどんどん離れていって
しまいます。


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
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神様、仏様への願い(要求)も
まず神様、仏様の願い(要求)
を聞いてみよう、くらいの
姿勢のほうがいいのではない
でしょうか?


神様、仏様だって願いを要求
ばかりされていたらゲンナリ
でしょうし。お前が私の願い
を聞いてくれたら、私もお前
の願いを聞いてあげるよ
、と
思ってるかもしれませんね。




posted by ごくう at 22:49 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2017年12月09日

老若男女問わず、誰からもほぼ確実に嫌われる方法



うちの子供、妻、友人
知り合い、会社の同僚、
そして私自身、多くの人の
話を聞くなかでふと気付いた
ことがありました。



それは


老若男女問わず、誰からも
ほぼ確実に嫌われる方法



です。


本屋に行くとよく


誰かも好かれる方法


というような本を見かけ
ますが、その逆バージョン
みたいなものでしょうか、
私が気が付いたのは


誰からも嫌われる方法


のほうです(笑)。






じゃあそれはどういうことかと
いいますと、それは


とにかく周りを仕切ること


です。


「仕切ること」・・・。
もう老若男女問わず「仕切る」人は
とにかく嫌われる(笑)。



うちの小学生の子供も


「〇〇ちゃんは嫌い。何でも
かんでも自分で決めちゃうから。」



と言いますし、妻は


「ママ友で評判の悪い人はやたらと
仕切りたがる。仕切るために仲間を
作ろうとするし、幼稚園でも〇〇
会長とかやたらとやりたがる。」


と言います。


私も会社で嫌われてる人は
やっぱり「仕切りたがり」。
ちょっとした飲み会でも
周りの意見も聞かずに一人で
店を決めてしまうし、そんな
ことまで関わらなくてもいい
だろ、というところまで関わ
ろうと必死
です。


だから老若男女問わず誰からも
確実に嫌われたいのなら、とに
かく「仕切ること」に専念すれば
いいのです(笑)。


よくよく考えると・・・、人の
悪口ってたいてい仕切り屋の人
のものじゃないでしょうか?

そんな気さえします。






さて、ここで仕切る人が大きな
勘違いしているところ
を言います。


それは・・・、


「仕切ること」と「まわすこと」
は違うのに、仕切れば自分が
まわしていると思っている



というところです。


仕切って嫌われる人はここが
全く分かってない気がします。



「まわせる人」はいないと
困りますが、「仕切る人」は
仕切ることでまわしていると
勘違い
しているので、仕切る
だけの人がいなくなっても
誰も困らない。
(でも自分がいないとまわら
ないと思っている。)


まわせる人は嫌われてません。
だって必要な人ですから。
でも仕切る人は嫌われる。
これはまわすことができない
くせに、仕切ろうとだけする
から。
ここが大きな違いです。


まわせる人は無理にコントロール
しようとしない。



仕切る人はコントロールしよう
と必死。



どうせなら仕切ろうとする
のではなく、まわせるように
なろうとした方がいいですよね。


▼過去の関連記事

自分2割、他人8割でちょうどいい

コントロールするよりも機能することを目指す


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posted by ごくう at 21:29 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2017年11月27日

主観と客観をしっかりと区別する


自分の主観が強くなりすぎ、
客観を軽視するようになると
コントロール思考のはじまり
です。


主観で良い・悪いを見て、
客観でさらに良い・悪いを
判断して精査していくのが
普通の大人の姿勢だと思い
ますが、コントロール思考が
強くなるとこれができず、
主観優位で物事を見る
ようになってしまいます。


主観優位のうちはまだいい
ですが、コントロールが
強い(コントロールする
ことが正しいと思い込む)
主観のみで物事を見て
しまう、主観のみで物事
を決めてしまう、
という
ことにもなりかねません。


こうなると客観が入り込む
余地が無くなり、周りの人



あの人には何を言っても無駄


という状態になり、次第に
孤立し、大切な情報も入って
来なくなり、ますます主観が
強まってしまう・・
、という
悪循環に陥ってしまいます。
これがコントロール思考の
恐ろしいところ
です。


反対に主観は主観、客観は
客観、という感じで周囲を
コントロールするわけでも
なく、かといって放置する
わけでもない脱コントロール
の状態ですと、周囲からも
客観が入り込む余地が残って
いる
ので、色々な情報が
入ってきやすくなり、見方も
偏りができにくくなります。






主観が強くなればなるほど
コントロール思考が強くなり
良質な情報が入って来なく
なる。
その結果、見方に偏りが
生じてしまい、悪いことに
巻き込まれやすい。



主観は主観、客観は客観と
いう感じで脱コントロール
だと、客観が入り込む余地が
あるので良質な情報が入って
きやすい。
その結果、見方に偏りが出に
くく、良い結果が出やすい。



こういうことだと思います。


主観が強くなってコントロール
思考になるのか、コントロール
思考だから主観が強くなるのか、
どちらが先なのか分からない
ところもありますが、いずれに
しても


人・状況・結果をコントロール
しようとしない



ということを肝に銘じておけば、
自然と主観と客観を混同せずに
物事を見ることができるのだと
思います。




posted by ごくう at 22:17 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする