2018年02月19日

「人情がある」とは、真摯さと公平さが伴っている情のこと



よく「人情がある」とか「人情が
無い」と言いますが、この「人情」
とは一体何なのでしょうか。


ネットで調べてみると


・人間の自然な心の動き。人間のあり
 のままの情感。
・人としての情け。他人への思いやり。

引用:コトバンク


とあります。


この言葉の意味は全くその通りだと
私は思います。これを改めて考えて
みますと、つまりは「人情がある」
とは、人に対して真摯さがあって、
かつ公平さがあること
ではないか、
と感じます。






というのは、「人情が無いな」
「こいつは人情より私情で動いて
いるな」という人を見ていると、
人に対して真摯さが無く、かつ
公正さも無い。
つまり「他人への
思いやりがない」のです。


ところがこのような人ほど「人を
助けたい」「人の面倒をみたい」
という人がいるもので、これを
人情だと勘違いしている人が
少なからずいる
のですが、これは


自分より下だと思う人に対して
助けたい、面倒を見たい


という、自分都合の特定の人への情
であり、これは人情とは呼ばない
はずです。


このような人は人情ではなく私情
が強く働いており、そこに真摯さ
や公平さはまずありません。

あるのは自分目線の、自分が上に
立ってるんだぞ〜!という意識が
ベースの情なのです。(このよう
な人は「自分が上だぞ!」という
空気を出さないで接近してくる
ので、そこが厄介なのですが。)






本当の人情とは、特定の誰かに
対して発揮されるものではなく、
全方位的に発揮されるもの。

しかもそれは無理が無く自然で
あり、決して上から目線である
ものではありません。人情と
私情を履き違えている人って
意外と多く、また見分けが
つきにくいと感じる人もいる
かもしれませんが、真の人情
には真摯さと公平さが伴う、

と覚えておけばまず間違いない
と私は思います。


▼関連記事

私情と人情を履き違えない

私情はコントロール、
人情は脱コントロール





posted by ごくう at 23:21 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2018年02月12日

0と1の間にこそ答えがたくさんある


物事がうまくいかない人、失敗
ばかりする人を見ていますと、
たいてい「0か1か」「白か
黒か」
という思考の人が多い
気がします。いわゆる物事を
極端に見てしまうゼロイチ思考
というものですが、このような
ゼロイチ思考は百害あって一利
なしだと思います。


というのも、よほど単純なこと
でもない限りゼロイチ思考で
解決できることってほとんど
無い
んですよね。どんなこと
でも、それこそ子供の遊び
だってゼロイチ思考だと
うまくいかないことが多い。
ましてや大人になれば仕事も
人間関係もより複雑になりま
すから、ゼロイチ思考ですと
かなりの確率でうまくいかない
んだと思います。


ですが現実はどんなことでも
0と1の間にこそ答えが多く
あり、0と1の間を埋めていく
ことこそが人の役に立つこと
だったり、自分や周りがより
良く生きていくヒントがあったり
するわけです。







このことに気付かないで生きて
いくと、0から1に無理矢理に
でも持っていこうとしてしまい
(コントロール思考)、これだと
周りの人も離れていってしまい
諫める人もいなくなり、それで
色々と失敗する確率が高くなる
わけです。


0を1にする極端な思考ではなく、
0と1を埋めていく思考になれば
ビックリするくらい簡単にうまく
いくことが多い
ように思います。
考えてみればカウンセラーの仕事は
0と1の間を埋めていくような
仕事ですが、日々の生活の中で
「0と1の間にこそ答えやヒント
がたくさんある」
という見方が
できれば、より良い仕事、より
良い人間関係、より良い人生に
向かっていくような気がして
なりません。




posted by ごくう at 04:15 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2018年02月04日

コントロール思考が強くなると、目の前にいる人のことが見えなくなる



自分の身近にいる人が何を考え、
何を思っているのか、身近だから
当然分かっている
と思っている人
がいます。


しかしこのような人ほど、目の前
にいる人に対してその人のことを
質問したり、気にかけたりして
いない、
というケースがあります。


例えば目の前にいる人と話をして
いても、その場にいない人のこと
を話していたり、世間一般のこと、
仕事のこと、勉強のことばかり
話している、ということです。


確かに目の前にいる人と関係が
あると言えばあるかもしれませんが、
その人の現在の(いま、ここの)
気持ちだったり、体調だったり、
どんなジャンルにしても上手く
いっているのか、それとも上手く
いっていないのか、など、そう
いう相手の肝心なことには関心
が向いていない
のです。


しかしこのような人ほど、相手と
よく話をしている、相手のことは
よく分かっている、と思い込んで
います。



いくら一緒にいる時間が長くても、
肝心の相手のことはまるで見えて
いない。このような人と一緒に
いても「自分を全然見ていない」
というのはすぐに伝わります
ので、
相手は次第に距離をとるように
なっていくのです。






どうしてこのようなことが起こる
かと言えば、それは相手をコント
ロールしようとしているから

しょう。自分がメインで相手が
サブ、という人は、相手のこと
なんか見る必要が無いのです。
(見るところがあるとすれば
相手に利用価値があるか否か、
そのくらいでしょう。)


このような人は目の前の人を
見ようとしていないため、周り
からどんどん距離を置かれます。
そしてそれが嫌なのか、ますます
コントロールを強める場合があり
ます。
そんなことをしても全く
逆効果なのに・・・。


相手と距離を縮めたかったら
まず肝心要の相手を見ること。
それが一番の王道なような気が
します。




posted by ごくう at 16:26 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2018年01月14日

自分から勝手にあれこれ忖度しても、偉くも何ともない



2017年ユーキャン新語・流行語大賞に
「忖度(そんたく)」という言葉が
選ばれました。忖度は「相手の気持ち
を推し量ること」という意味ですが、
この言葉が流行語大賞に選ばれる位、
日本では相手の気持ちを考えることが
大事と認識されているのでしょうね。


しかしこの「忖度」、一歩間違えると
忖度どころか逆になるとも言えるの
ではないでしょうか?


一歩間違えるとはどういうことかと
いいますと、


自分からあれこれ勝手に(一方的に)
忖度してしまう



ということです。


冷静に考えるとこれは忖度とは言えない
のでしょうが、「勝手に(相手に配慮
している風で実は一方通行で)忖度して
しまう」
ということは、簡単に言えば
これは親切の押し売りというか一方通行
の気配り
です。

こういうことは実は結構よくあること
なのではないでしょうか?







どうしてこのようなこと(勝手な忖度)
が起こるかと言えば、結局は


・相手に好かれたい

・嫌われたくない



という、相手より自分の気持ちが先に
来てしまっているから
でしょう。


相手に配慮しているようで実は自分の
気持ちが優先されている、というのは
忖度でも気配りでも何でもなく単なる
自己チュー
だと言えます。


また「露骨に相手に対して忖度している」
という態度は、見ていて気持ちの良いもの
ではありません。
ただのゴマすりか、
単なる親切の押し売りにしか見えない
ので、周りもウンザリしてしまうのです。


結構いませんか?自分から勝手にプレゼ
ントをあげておいて、相手もあまり嬉し
そうでもないのに「何の感謝もしてくれ
ない!」
なんて怒っている人。


自分から勝手に気を回してプレゼント
したのなら、相手がどう取ろうとも
何も文句は言ってはいけないはずです。


「忖度」とか「気をまわす」という言葉は
相手あっての配慮のはず。
それを自分で
勝手に(一方的に)やってしまっている
のは単に


・忖度しすぎ

・気の回しすぎ



というものです。こんなことをしても
誰も喜びませんしメリットもありません。



「忖度のしすぎ」「気の回しすぎ」を
偉いと思っている人は、「自分より相手」
と見せかけ、実は自分のことしか考えて
いない人です。
このような人はいろいろ
面倒なので、注意しないといけませんね。




posted by ごくう at 11:56 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2018年01月08日

【新成人に贈る】社会人は「信用がある→仲良くなる」。「仲良くなる→信用ができる」はまず無い。だから「まず仲良くなる」はやめた方がいい。






私が社会人を20年以上やってきて


社会人ならまずこれは辞めた方がいい


という行動があります。


それは「まず仲良くなろう」とすること
です。


職場に新人が入ってきたり、部署移動で
新しい人が来た場合、あるいは自分が
その立場になった場合に、


「まず新人(周り)と仲良くなろう」


としたら、多くの場合でその人は
後で苦しい立場になりがちです。
(最初だけは良い立場かもしれません)


というのも社会人は大人の世界です。
会社は営利を追求するところです。
会社は「仲良くなろう」という場
ではありません。
ここが学生とは
違うところなのですが、30代に
なっても40代になってもここが
分かってない人というのは実は
意外と多くいるのです。






社会人にまず大事なのは信用です。
まず会社内での信用があって、
それから仲良くなる、という
パターンです。


ところが「まず仲良くなろう」と
考える人は、手っ取り早く信用を
得ようとしているのか、あるいは
早く仲良くなったほうがメリットが
あると感じているのか分かりません
が、とにかく信用より先に仲良く
なることを求めてしまいます。



しかしこのような人はそもそも
社会人として信用が無いケース
がほとんどです。



すでに社内で信用を失っていて、
それでどこかに自分が信用を
してもらえる人を作っておきたい。
そういう心理が根底にあるからか、
新人なり新しく来た人に対して
「まず仲良くなろう」と考えて
しまうのです。






自分が新人(新しいところに入る
立場)の時も同じです。


前にいたところで信用が得られて
いない人ほど、次こそは皆とうまく
やりたい!
という思いが強いから
なのか、やたらと「仲良くなろう」
としてしまいがちです。


でも社会人は学生とは違うので、
そういう人に対してはどうしても
懐疑的な目で見てきます。



なのでまずは「仲良くなろう」とは
しないで、じっくり信用を積上げて
いくことが大事
です。


新人であれば仕事をキッチリやる、
つまり言われたことをキチンとやる、
次に同じ仕事が来たら周りに聞かな
くても自分で出来るようにメモを
しっかり取っておく、1週間後で
いいよと言われた仕事を4日後には
仕上げておく、など、仕事上での
信用を着実に貯金していくことです。


こうやっていくと自然と周りと仲良く
なっていくのです。
社会人は「まず
仲良くなろう」ありきではありません。






30代、40代にもなって「まず仲良く
なろう」的な人は、コントロール思考
の人が多いように思います。会社に
よってはそのような人を歓迎する時
もあるかもしれません。


しかしこういう人はたいていどこかで
大きな失敗をしてしまうことが多い

ように思います。


この失敗は私から見たら「起こるべく
して起こった失敗」です。



というのも、信用をキチンと作らず、
ただ「仲良くすればいい」的な感じで
やってきた人が、実力を問われる仕事
と向き合わざるををない時に、力が
無いので対応できなかった時、そこで
「仲がいいんだからいいでしょ?」
というノリでごまかそうとしてしまう
からです。



でも周囲はそうは見ません。
いくら仲が良くても、自分の評判まで
一緒に落ちることは嫌だからです。



「あんたの評判が落ちるのは勝手だが
私の評判まで落とそうとしないでくれ」



とこうなってしまうのです。


だから社会人は「まず仲良くなろう」
とはしてはいけないし、そんな感じで
接してくる人は「できない人が多い」
と普通の人は分かっていて、そういう
ちゃんとした人からは逆に距離を取ら
れてしまうだけなので、「まず仲良く
しよう」としても何のメリットあり
ません。



だからまずは信用を得るために仕事を
早く覚えることです。社会人と学生は
違うので、仲良くなろうと思っても
「急がば回れ」で十分なのです。




posted by ごくう at 15:23 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする