2018年04月08日

〇、〇、×、◎、△、×、◎、△・・・・・・



ある本に「〇〇××〇×・・・
とあった時、自分に自信の無い
人は×の方に着目していて、
自分に自信のある人は〇の方に
着目している」とありました。
まさにその通りだと思います。


どんなことにも〇も×もあり
ますし、常に〇ばかり、×
ばかりという人もいません。

また〇か×かだけでなく、◎
もありますし、△もあるはず
です。


そんな感じなのにどういうわけ
か×ばかりが気になってしまう。

自信が無い以外にある種の完璧
主義のようなものもあるのかも
しれませんが、折角〇や◎が
あるのに、自分は×ばかりだと
思ってしまうのはあまりにもった
いないというものです。


また「人間万事塞翁が馬」
いう言葉もあるとおり、その
時は×だったとしても、実は
その×があったから後に◎に
繋がっていた、
なんてことも
ありますし、逆に◎だと思って
いたら実はそれは一時的な
もので、すぐさま△や×に
突入した、なんてことも
あります。


つまり◎や〇や×に一喜一憂
ばかりするのもあまり意味が
無いですし、×ばかりに目が
行ってしまうのも自分の自信
を無くすだけなのでダメ。


それならそんなものに支配
されずに、日々コツコツと〇
を感じていき、その〇が沢山
溜まったところで大きな◎と
なればそのほうが人生楽しい
というもの
です。






「引き寄せの法則」にも同じ
ようなことが書かれていると
思いますが、日々コツコツと
小さな〇でも良いので感じ
取り、良い気分を増やして
いくことでさらに〇や◎が
増えていくような気がします。

そして×や△の時にでも、
これはいずれ〇に繋がるのだ
と思えば、×や△でもなんて
ことないな
と思えるでしょう。


無理にポジティブになる
必要はないと思いますが、
日々の中で〇はしっかりと
感じ取ることは必要だと
思います。



▼関連記事
「ケガをして良かった」「病気に
なって良かった」という祖母の教え





posted by ごくう at 16:43 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自分が提供側か消費側かの自覚はある?この差はとても大きい。



様々なことに提供側の面と消費側
の面があります。サークル活動、
家のこと、仕事。友人関係、日々
の生活・・・etc。


これらほとんどのことで提供側
なのか、それとも消費側なのか
を意識する
必要があります。


例えばゲーム。私はゲームが好き
ですが、常に消費側です。自分で
ゲームを作ったことはないので
提供側になったことはありません。


あるいは家のこと。私は父親です
ので、家族で旅行に行くことを
提案したり、たまには外食でも
して何を食べようかと言ったり
することもあります。家では
提供側のことが多いですね。


と、こんな感じで自分が提供側
にいるのか、それとも消費側
にいるのか、そこを自覚する
必要があるのは、常に消費側
にしかいないと自分がいつの
まにか「いつもお客様」に
なってしまうから
です。


友人関係でも仕事でも家でも
「いつもお客様」意識の人は
どこか受け身で、そして平気
で文句を言ってくることが
多いです。例えば旅行に行こう
といっても「飛行機は嫌だ、
バスは嫌だ、〇〇が食べたい」

などと文句ばかり。自分では
手を貸さずに平気で状況を
コントロールしようとして
しまうのです。
このような人は基本的に提供側
にいない(なったことがない)
人です。






一度でも提供側にまわると、
「飛行機は嫌だ、バスは嫌だ」
とはなかなか言えません。
それは企画する側(提供側)の
気持ちが分かるから
です。
しかし提供側になったことが
ない、もしくは提供側の経験
が少ないと、どうしても消費側
の目線でしか見れなくなり、
ついつい簡単に文句を言って
しまうのです。


提供側の経験がなくても、せめて
提供側の気持ちは分かったほうが
いい。私はそう思っていますが、
これにはリーダーシップの経験
あればそれでたいてい分かると
思いますので、そういった意味
でも若いうちからリーダーシップ
を経験することはとても大事だ
と思います。


今の世の中は店だ、スマホだ、
ネットだ、と情報にあふれて
いますが、これは生きている
だけで消費側にまわることが
多いと言える
と思います。
消費側は提供側の人が事前に
用意してくれるのでラクですし
楽しいのですが、時には提供側
にまわり、提供側の気持ちも
理解しないとまずいでしょう。
今の世の中はこのあたりを
注意して生きていかないと
いけないのかもしれませんね。


▼関連記事
ハタをラクにするから「働く」。
自分がお客様意識になっていないか
注意する。





posted by ごくう at 00:11 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2018年02月19日

「人情がある」とは、真摯さと公平さが伴っている情のこと



よく「人情がある」とか「人情が
無い」と言いますが、この「人情」
とは一体何なのでしょうか。


ネットで調べてみると


・人間の自然な心の動き。人間のあり
 のままの情感。
・人としての情け。他人への思いやり。

引用:コトバンク


とあります。


この言葉の意味は全くその通りだと
私は思います。これを改めて考えて
みますと、つまりは「人情がある」
とは、人に対して真摯さがあって、
かつ公平さがあること
ではないか、
と感じます。






というのは、「人情が無いな」
「こいつは人情より私情で動いて
いるな」という人を見ていると、
人に対して真摯さが無く、かつ
公正さも無い。
つまり「他人への
思いやりがない」のです。


ところがこのような人ほど「人を
助けたい」「人の面倒をみたい」
という人がいるもので、これを
人情だと勘違いしている人が
少なからずいる
のですが、これは


自分より下だと思う人に対して
助けたい、面倒を見たい


という、自分都合の特定の人への情
であり、これは人情とは呼ばない
はずです。


このような人は人情ではなく私情
が強く働いており、そこに真摯さ
や公平さはまずありません。

あるのは自分目線の、自分が上に
立ってるんだぞ〜!という意識が
ベースの情なのです。(このよう
な人は「自分が上だぞ!」という
空気を出さないで接近してくる
ので、そこが厄介なのですが。)






本当の人情とは、特定の誰かに
対して発揮されるものではなく、
全方位的に発揮されるもの。

しかもそれは無理が無く自然で
あり、決して上から目線である
ものではありません。人情と
私情を履き違えている人って
意外と多く、また見分けが
つきにくいと感じる人もいる
かもしれませんが、真の人情
には真摯さと公平さが伴う、

と覚えておけばまず間違いない
と私は思います。


▼関連記事

私情と人情を履き違えない

私情はコントロール、
人情は脱コントロール





posted by ごくう at 23:21 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2018年02月12日

0と1の間にこそ答えがたくさんある


物事がうまくいかない人、失敗
ばかりする人を見ていますと、
たいてい「0か1か」「白か
黒か」
という思考の人が多い
気がします。いわゆる物事を
極端に見てしまうゼロイチ思考
というものですが、このような
ゼロイチ思考は百害あって一利
なしだと思います。


というのも、よほど単純なこと
でもない限りゼロイチ思考で
解決できることってほとんど
無い
んですよね。どんなこと
でも、それこそ子供の遊び
だってゼロイチ思考だと
うまくいかないことが多い。
ましてや大人になれば仕事も
人間関係もより複雑になりま
すから、ゼロイチ思考ですと
かなりの確率でうまくいかない
んだと思います。


ですが現実はどんなことでも
0と1の間にこそ答えが多く
あり、0と1の間を埋めていく
ことこそが人の役に立つこと
だったり、自分や周りがより
良く生きていくヒントがあったり
するわけです。







このことに気付かないで生きて
いくと、0から1に無理矢理に
でも持っていこうとしてしまい
(コントロール思考)、これだと
周りの人も離れていってしまい
諫める人もいなくなり、それで
色々と失敗する確率が高くなる
わけです。


0を1にする極端な思考ではなく、
0と1を埋めていく思考になれば
ビックリするくらい簡単にうまく
いくことが多い
ように思います。
考えてみればカウンセラーの仕事は
0と1の間を埋めていくような
仕事ですが、日々の生活の中で
「0と1の間にこそ答えやヒント
がたくさんある」
という見方が
できれば、より良い仕事、より
良い人間関係、より良い人生に
向かっていくような気がして
なりません。




posted by ごくう at 04:15 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2018年02月04日

コントロール思考が強くなると、目の前にいる人のことが見えなくなる



自分の身近にいる人が何を考え、
何を思っているのか、身近だから
当然分かっている
と思っている人
がいます。


しかしこのような人ほど、目の前
にいる人に対してその人のことを
質問したり、気にかけたりして
いない、
というケースがあります。


例えば目の前にいる人と話をして
いても、その場にいない人のこと
を話していたり、世間一般のこと、
仕事のこと、勉強のことばかり
話している、ということです。


確かに目の前にいる人と関係が
あると言えばあるかもしれませんが、
その人の現在の(いま、ここの)
気持ちだったり、体調だったり、
どんなジャンルにしても上手く
いっているのか、それとも上手く
いっていないのか、など、そう
いう相手の肝心なことには関心
が向いていない
のです。


しかしこのような人ほど、相手と
よく話をしている、相手のことは
よく分かっている、と思い込んで
います。



いくら一緒にいる時間が長くても、
肝心の相手のことはまるで見えて
いない。このような人と一緒に
いても「自分を全然見ていない」
というのはすぐに伝わります
ので、
相手は次第に距離をとるように
なっていくのです。






どうしてこのようなことが起こる
かと言えば、それは相手をコント
ロールしようとしているから

しょう。自分がメインで相手が
サブ、という人は、相手のこと
なんか見る必要が無いのです。
(見るところがあるとすれば
相手に利用価値があるか否か、
そのくらいでしょう。)


このような人は目の前の人を
見ようとしていないため、周り
からどんどん距離を置かれます。
そしてそれが嫌なのか、ますます
コントロールを強める場合があり
ます。
そんなことをしても全く
逆効果なのに・・・。


相手と距離を縮めたかったら
まず肝心要の相手を見ること。
それが一番の王道なような気が
します。




posted by ごくう at 16:26 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする