2019年07月15日

自分をコントロールできないと他人をコントロールしたくなる?



私の職場で残念ながらメンタルをやられて
しまった30代男性がいます。


メンタルをやられてしまったからなのか、
それとも元々持っている気質なのか、
あるいは後天的に身に付けた行動なのか、
そのへんはよく分からないのですが、
どうもメンタルの病気が悪くなるにつけ、
他人をコントロールしようと必死なのです。


この「コントロールしようと必死」という
ところがポイントで、本人にはその自覚が
あるかどうかは分からないのですが、はた
から見ていると他人をコントロールしよう
という感じが手に取るように分かるのです。


そのコントロール領域、度合いが最近
ひどくなってきており、自分より立場が
弱そうな人に対して特にコントロール
しようとしてきますので、上司である人は
そのコントロールから守ってやろうと
必死になっており、本来であれば社内に
かけるパワーよりも社外(お客様)に
目を向けるのが普通なのですが、この
ような状況では社内のほうに目を向け
ざるをえない状況となっていて、
今の
ところは社外には迷惑がかかることは
それほど無いのですが、これもそろそろ
時間の問題かなというのが私の印象
です。


振り返ってみますと彼は目に見えて
病気の症状が現れる以前から他人を
コントロールしようとするところが
あり、それが他人からは非常にうっと
うしいと感じ、職場では徐々に疎外
されていきました。



私から見るにこのコントロール思考は
病気から来るもの、というよりは先にも
書きましたが元々持っている気質なのか、
後天的に身に付けたものなのかよく分か
りませんが、ただ、元々持っている気質と
家庭環境・教育環境・職場環境が影響
しているようにも見えます。

つまり後天的に身に付けた思考習慣から
来ているように思えるのです。






こういう時こそ認知の歪みを取るべく、
カウンセラー等の心理職が役に立つの
ですが、同僚・上司にそのあたりの
理解が乏しく、単純に「あいつは面倒
くさい」「性格が細かい」
で片づけて
しまいがちなのが残念でなりません。


本当はもっと時間をかけ、同僚・上司
にもしっかり話をして、部署全体、
会社全体で少しでも良い方向に行く
ようにするのがベターだと思うので
すが、私が勤めるような零細企業では
正直言ってそこまでの理解ある人は
皆無と言ってもよい環境です。
私は彼の直属の上司ではないのですが、
一管理職として少しでもヘルプできる
ように動いています(とても慎重に
ですが)。


メンタルが不調の時の一つのサイン
として、やはり「他人をコントロール
しようとしてくる」
というのがあると
思わざるをえません。


これは「自分自身をコントロールでき
ないから、コントロールできそうな人
に対してコントロールしていく」
とも
言えそうです。


自分がコントロールできなくなって
いる時点で(自覚のある、なしに
関わらず)、しっかりと病院に行き
医師やカウンセラーに診てもらうのが
一番なような気がします。




posted by ごくう at 15:38 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2019年02月03日

コミュ障の人は「安心」を求め、コミュ力が高い人は「信頼」を求める



みなさんはコミュ障というとどんな
イメージを抱くでしょうか?


・会話が無い(少ない)
・言っていることが分からない


一般的にはこんなイメージが
ありますが、どうもそういう
ものでもないのではないか、
という思いが昔からずっと
ありました。


といいますのも、やたらと距離感
をつめてくる人だって相手のこと
を慮れない時点でコミュ障だと
私は思うのですが、こういう人は
ウザいとは言われるもののコミュ障
とはあまり言われないですし、下手
をすれば「コミュ力がある」と見る
人もいます。


結局本当のコミュ力とは「相手の
ことを考えつつ適切な距離感で
人間関係を築き、意思疎通が
図れること」
と私は思うのですが、
もっとスッキリと説明してくれて
いる記事を見つけましたので
紹介いたします。


▼記事はこちら
「コミュ障」の本質が、ようやくわかった。






この記事にはとても重要なことが
書かれています。それは


「安心」に依存していると、「信頼」する
能力が育たなくなる



ということ。つまり「安心」を求めて
ばかりいるとコミュ障になる、という
ことです。逆に「信頼」を求めていると
コミュ力が育つ、ということです。


「安心」を求める人は相手や状況を
コントロールしようとしていますが、
「信頼」を求める人はコントロール
しようとはしません。



つまり「安心」を追求しているコミュ
ニケーションは、その時点でベクトル
がおかしいのであって(自分中心)
どんどんとコミュ力が落ちていく。


これはとても恐ろしいことで、結構
勘違いしている人が多い。特に
村社会的な閉鎖的な空間ほどこの
「安心を追求したコミュニケーション」
が多発し、しかも村八分にしたがる
傾向があるので、ますますコミュ力
が落ちる(でも気が付いてない)、
という負のサイクルになりがちなの
です。


みなさん、どうかコミュ障を間違え
ないで!真のコミュ障とは村社会を
求めるような閉鎖的安心感を求める
人のこと
なのです!




posted by ごくう at 22:49 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2018年09月02日

ためになる記事:悪口に振り回されるかどうかは、すべて自分で決められる



まずは引用をお読みください。


--------------(引用)-----------------


気分を害すのも、傷つくのも、辱めら
れるのも、また、怒るのも、防衛的に
なるのも、すべて自分自身で選んで
いること。投げかけられた言葉や、
された行為が自分にとってどんな
意味を持つのかを自分自身で決めさえ
すれば、
傷つけられた感じる必要も
なければ、影響を受けることもあり
ません。


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あなたと無関係な人たちには、あなたの
心や感情を傷つける力はありません。
あなたの心も感情も、あなたのコント
ロール下にあります。少なくともそう
あるべきです。



誰かがあなたに悪口を言ったり、いじ
わるなことをしたとしても、それで
あなたをどうにかできるわけではあり
ません。
そうした人たちはただ、自分の怒りに
油を注ぎ、自分の人生をコントロール
できなくなっていくだけです。



彼らと同じようにならないでください。
そうした人たちの言葉や行為は、彼ら
自身に跳ね返っていくだけです。
他人から影響を与えられないことを
選べば、与えられることはありません。


もちろん、他人から身体的に傷つけら
れる可能性はあるし、親しい人から
精神的に傷つけられることもあるで
しょう。
それは仕方がないことであり、その都度
対処するしかありません。


しかし、それ以外の、他人からの侮辱、
嘘、人格攻撃などについては、傷を
受けないと自分で決めれば、受けずに
済ますことができます。



引用:
人生の役に立つ言葉:悪口に
振り回されるかどうかは、
すべて自分で決められる



--------------(引用)-----------------






こちらの記事は人生でとても役立ち
そうな良い記事です。


どんなに悪い噂や嘘、マウンティング
でも、結局コントロール下に置かれて
しまってはダメだろ、ということ。


人にコントロールされない。
他人をコントロールしない。


自分をコントロールできるのは
自分だけ。


コントロールしない、させない、
持ち込ませない。
(なんか非核三原則みたいですね)


ということです。


所詮、人の言ってくる悪口や噂
なんてどうでもよいこと。

そんなことに心配しているより、
自分の成長や自分の特技を磨いた
方がよっぽど有意義だよ、という
ことです。


他人からの悪口なんて自分で
コントロールしてしまいましょう。
ということは他人の攻撃すらも
自分の力にしてしまえ、という
こと。他人からの悪口も
「良いアドバイスありがとう」
としてしまえば、妙な悪口は
出てこなくなるでしょう。




posted by ごくう at 18:06 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2018年08月26日

人の見えないところでの行動や言動がその人の本性を現す。お天道様は見ている、という話。




あまり人の見ていないところ
(目立たないところ)で良い
行いをするか、悪い行いを
するかでその人の器や本性が
分かります。


人の見ていないところで人を
コントロールしようとして、
人の悪口ばかり言ったり、
噂話をしている人は、そこに
時間をかけている割に色々と
成果を出せません。



それは当たり前の話で、人の
悪口を言ったり噂話ばかり
言っていてもたいしていい
ことがないから(時間の無駄
だから)
です。


でも人の悪口や噂話は楽しい。
たまにはストレス解消に良い
と思いますが、それが日常化
している人
は器が小さかったり
性格が歪んでいる人と言える
のかもしれません。


逆に人の見ていないところで
自分を成長させたり、良い
行いをしている人は、多少
時間がかかったり失敗したり
もあるでしょうが、結果的に
成果を出せることが多いように
思います。


「いつの間にか力を付けた」

「いつの間にか成長した」



というのはこういう人が多い
ように思います。






でも基本的に「いつの間にか」
というのは無いんですよね。


人が見ていないところで地道に
コツコツとやってきた結果が
成果を出しているだけで、
「いつの間にか」というのは
そう見えるだけの話。


だから人の見えないところでの
行動や言動というのは大事なの
です。


誰も見てないようなところで
ゴミを拾ってゴミ箱に捨てれるか


スマホが壊れた時、保険を適用
させるために嘘をつくか、つかないか




こういう日頃の行動は何気なく
言動・行動に出ます。

日頃から悪い行動をしている人は
自然に悪い行動をとる。逆もまた
然り。


人が見てないな〜、けどお天道様
は見てるよ、
という昔の人の教え
はとても大事なような気がします。




posted by ごくう at 13:01 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2018年07月01日

家族でも仕事でも・・・うまくいかないところは「コミュニケーションが固定化している」。




たまたまテレビをつけたところ
「家族の問題」をテーマした番組が
放送されていました。そこでは家族の
コニュニケーションの問題が主に
話されていたのですが、


問題が多い家庭、うまくいかない
家庭のコミュニケーションは固定化
していることが多い



と講師の方が言っていました。


そして


「固定化したコミュニケーションを
ちょっと変えるだけで、良い空気が
波及して良い方向に変わることがある。
例えば子供に対して「いつもトロいな。
もっと早くやれ!」というところを
「ずいぶん丁寧にやってるね、でも
今後はもっと早くやるように気を付けて
みようか」と言い換えるだけで、空気が
変わる。事実はすぐには変わらないかも
しれないけど、固定化したコミュニケー
ションを変えれば、良い方向になること
がある。」



というような話をされてました。






私はこの言葉にかなりハッとさせられ
ました。なぜならこれは家族の問題
だけでなく、友人、同僚、恋人、夫婦、
ありとあらゆることにあてはまるのでは
ないかと思った
からです。


自分の見てきた(経験してきた)ことで
「うまくいってないな」というところの
多くはこの話のとおり「コミュニケー
ションが固定化している」。
というより
色々なわだかまりが積もりに積もって
「固定化してしまった」という感じ
かもしれません。あるいは人間の性質
とはそういうもので、固定化したコミュ
ニケーションの方が楽な面が多いです
から、自然と固定化したコミュニケー
ションになってしまうのかもしれません。


いずれにしてもうまくいってないところ
はコミュニケーションが固定化している
というのは事実だと思います。
逆に言えば「うまくいっているところは
コミュニケーションが固定化していない
ところ」ということです。



家族、同僚、友人、恋人など、比較的
長期で付き合うことになる間柄の場合は
意識的にコミュニケーションが固定化
しないようにしたほうが良い
のでしょうね。




posted by ごくう at 10:04 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする