2017年09月23日

同調圧力が強ければ強いほど「和が乱れる」。



タイトルそのまんまですが、


同調圧力が強ければ強いほど
「和が乱れる」



こんな法則があると思います。


これは学生生活でも社会人生活
でも結構当てはまることが多い
と思うのですが、不思議なこと
に案外分からない(気付かない?)
人が多い(笑)。


学生時代の部活でも勉強でも


みんなやってるんだから、やれ!


というような空気が強ければ強い
ほど、不思議なほどその流れとは
別のアンチの空気が出てきます。
つまり「和を乱す」ヤツが現れる
ということです。


会社でも一緒。「花見をやろう!」
「社員旅行に行こう」という同調
圧力をかければかけるほど、「そ
んなものに行きたくない」
という
アンチが登場するわけです。





注意しなくてはいけないのは、ここ
で登場する「アンチ」は決して悪者
ではない
、ということです。


学校での部活や勉強、社会人での
花見も社員旅行も、だいたい同調
圧力をかけてくるのは親であったり
先輩であったり上司であったり経営
者であったりすることが多いのです。
このようないわゆる「権力者」が
同調圧力をかければかけるほど、
近くにいる人はサッーと引いて
いく
ことが多いです。(いわゆる
イエスマン的な人は除く)


これはなぜかと言えば単純に


面白くないから


です。部活でも勉強でも花見でも
旅行でも


人から強制されてやるものは
つまらない



ということです。
それがどんなに楽しそうなもの
(旅行や食事)であっても、


人から強制されてやるものは
つまらない



のです。





もちろん勉強や仕事など「つまら
なくてもやるしかない」ということ
もあります。


しかしそれにも限度があります
ので、つまらない(苦痛)あと
にはパーッと遊んだりして気分
転換するように人はできている
のです。


ただこれが個人ベースでなら
たいして問題ではないのですが、
集団ベースになるとどこかで
ガス抜きしないとやってられない
のが普通だと思うのです。
そのガス抜き役で登場するのが
「アンチな人」というわけです。


なので和を乱すようなアンチな
人が出てきたら、その人自体が
悪いのではなく、同調圧力が強す
ぎている可能性がある
と思います。





コントロールしようとすれば
するほどコントロールできなく
なる、というのはこういう所に
現れます。


コントロールしようとする人は
本人に悪気は無くてもコント
ロールすることが良い、皆が
同じ方向に向いているのが良い、
思い込みすぎている面がある
から「コントロールしようと
必死になる」のです。
でも結果的に「コントロール
できない」



逆に脱コントロールの人は
コントロールしようともして
いませんし、皆が同じ方向を
向いているのが良いとも思って
いません。(これは自分を尊重
しているからこそ相手のことも
尊重できる、という根底がある
と思われます。)でもこういう
人ほど、不思議なくらいにコン
トロールできてしまう
のです。


なのでこの仕組みと一緒で、


同調圧力が弱ければ弱いほど
「和ができる(皆が協調する)」



ということです。


もう一度書きますが、このこと
に気が付いていない人は意外と
多い
です。不思議ですね。


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posted by ごくう at 11:13 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2017年09月18日

現実と向き合わずコントロールばかりしている(されている)と精神年齢が低いままになる




物事には何にでも本流(ホーム)と
傍流(アウェイ)があります。
本流(ホーム)を頑張って成果を
出している人は、傍流(アウェイ)
を軽視するわけではありませんが、
あくまで傍流は傍流ということを
わきまえています。
まずは本流で
頑張って成果を出して、それから
傍流に取り組むか、というスタン
スなので、周りからみても気持ち
良いものがあります。


しかし本流(ホーム)がイマイチで
成果も出ないので傍流(アウェイ)
を必死に頑張ろうとする人がいま
す。このブログでもこのことに
ついて色々書いてきましたが、この
ように傍流(アウェイ)でばかり
頑張り、本流(ホーム)をバカに
したり(軽視したり)、下手を
したら自分の本流(ホーム)自体が
何だったか分からなくなって
しまった
、ということもある人は、
次第に人生がうまくいかなくなって
いきます。
これは周りから見ても
「ウザい」ので応援者ができません
し、そもそも本流(ホーム)軽視の
姿勢自体が「この人は一体何がした
いのだろう?」
という、何とも変な
感じな人に見えてしまうからです。


▼過去の関連記事はこちら

自分に自信が持てないとなるキョロ充は
「がんばるポイントが違う」。

http://bit.ly/2xrm5zS


ホーム人間とアウェイ人間
http://bit.ly/2yiR9jj


コントロール思考になると【人生の積み重ね】
ができない

http://bit.ly/2xqTIln





こんな感じで傍流(アウェイ)に
ばかり目が行ってしまうという
ことは、結局のところ


現実と向き合うことができない


ということです。

本流(ホーム)を頑張っている
人はたいてい現実と向き合って
物事に取り組んでいます。

良いにしろ悪いにしろ現実は
現実
ですから、そこに真正面
から向き合って物事に対処し
ようとします。


そうすると不思議なもので、
サポートしてくれる人が出て
きたり、良いアイデアが頭に
湧いてきたりするのですが、
現実と向き合わずに傍流
(アウェイ)にばかりに
意識が行ってしまう人は、
結局のところ逃げているだけ
ですので、根本的な解決には
何もならないのです。


しかしそれに気付かず、この
ように傍流(アウェイ)に
ばかり目に行くことが癖に
なってしまった人
は、いつ
までたっても精神年齢が成長
せず、低いままという状態に
なりがちです。こういう人
ほど


私は精神年齢は低くない。
なぜなら大学も出ているし、
趣味が読書やスポーツなので
精神的に成熟しているはず。
仕事もバリバリやっている。



というような発想になりがち
なのですが、精神年齢とは
趣味とか学歴とか仕事とか
そういう話ではなくて、
要は


「精神的・経済的に自立して
いるか(特に精神的に)」


ということなのではないで
しょうか。





精神的に自立している人は
利他の精神に富み、親や兄弟
や友人、同僚などとも適度な
距離を取りつつ付き合うこと
ができます。
しかし精神的・
経済的に自立できていない人
これができません。経済的
には自立できていたとしても、
それまで現実と向き合わず
コントロールすることで
(本流から目を背け試行錯誤
もせずに傍流にばかり目を向
けて悦に浸っていたことで)
自分(自我)が育っていない
のです。


現実と向き合うとは、自分で
進路を決め、自分で仕事を
選び、自分で恋人や結婚相手
を見つけて生きていくこと

です。学校や会社でも人間
関係の難しさに悩んだ時も
自分主体で解決していこうと
している
人のことです。
(もちろんこれらのことは
すべて一人で抱え込んで、
というわけではありません。)


この反対に「現実と向き合わ
ない」というのは、学校も
進路も仕事も他人(親)の
言う通りにし、恋人や結婚
相手すら他人(親)の判断
を仰ぐ、という姿勢のこと

です。ここに精神的自立は
どこにもありません。


そう考えると自分から現実と
向き合うことを放棄している
場合もあれば、「親などから
コントロールされている」

いう場合もありますので、
後者の場合だと自分で
このことに気付くことは
なかなか難しいかもしれ
ません。


自分から本流と向き合い、
そこに真正面からぶつかって
いくことはとても大変なこと
です。しかしこうやっていか
ないと自立はあり得ません。

いきなり全部を真正面から
ぶつかる必要な無いでしょうが、
精神年齢を高めていくため
にも(本当の意味で自立で
きている人間となるために
も)、少しずつでも本流に
ぶつかっていく練習をしない
といけない
のだと思います。


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posted by ごくう at 12:18 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2017年09月17日

「内から目線」と「外から目線」


よく「上から目線はダメだ」
「上から(目線)な言い方だ」
などと言って、「上から」と
いうことに不快感を示す風潮
があります。(特にここ数年
はこの傾向が強いと私は感じ
ています。)


もっというと「上から目線」と
同じような意味なのか「意識
高い系は・・・」などと言う
こともあります。これも「上
から目線」の不快感とほぼ
同じような感じで、意識が
高いのはなんとなく不愉快、
というニュアンスがある言葉
だと思います。


個人的には「上から目線」だの
「意識高い系」だのはそれほど
気になりません。


なぜならそれは「ある意味で
当たり前」
だからです。


実際に能力の高い人、意識が
高い人にとってはその目線で
から見ているからこそ見える
領域があり、その領域でモノ
を見れる人がいるからこそ
世の中が回っている、という
面があるからです。でなければ
大学や大学院も必要ありません
し、何かの能力を証明する様々
な資格試験も必要ありません。


なのでやたらと「上から目線は
不快」
だの「意識高い系は×」
なんて言っている人は、単に
「意識が低いだけ」ということ
も多いので、そんなに気にする
必要はないのだと私は思います。





それよりもむしろ「気にしない
といけない」のは「上から目線」
ではなく、


「内から目線」か、それとも
「外から目線」か



ということだと思います。


学校であっても会社であっても
「内から目線」になっている、
というのは、その組織からの
目線しか持っていない
、という
ことです。


荒れ果てた学校でシンナーを
吸ったり(今時シンナーもない
かもしれませんが)違法薬物を
やったりして「自分はイケてる」
と感じるのは、それは荒れ果てた
学校からの「内から目線」だから
であり、いくらそこでシンナー
を吸ったりしてもあくまでその
世界からの目線での評価でしか
ありません。世間という「外から
目線」で見れば「ああ、ただの
Fランク学歴のアホがいきがって
るだけだな(笑)」
で終わりなの
です。


これは会社でも同じです。
いくら会社で偉くなって役職が
ついても、外の会社から引き
抜きに合うくらい能力の高い人
なんぞ実際には稀もいいところ
ではないでしょうか。とりわけ
40代以上ともなればその傾向は
顕著であって、会社内ではある
程度通用したとしても、社外
から見たら


「え?あの人あれで部長なんて
やってるの?」



という人は結構多いですから。





もちろん「内」では通用して
いるわけですから、良い面も
あるのだと思います。しかし
ずっと「内から目線」だけに
なってしまい、その目線から
の見方がすべて正しい、と
なってしまうと、次第に
「内」からすらもそっぽを
向かれてしまう
ものです。


そういった点からすると、


ああ、今は「内から目線」だな。


とか、


「外から目線」で見ると、こう
いう見方になるのか。



といったことを自覚する、と
いうことがとても大事なこと
なんだと思います。これを
ほんの少し自覚するだけでも
見方が「内から目線」「外か
ら目線」のどちらかに偏りす
ぎないでいられるのだと思い
ます
が、この自覚すら無いと
長年その組織にいると偏りが
出てきてしまい、それが原因
でうまくいかなくなる、とい
うことが多くあるような気が
します。


そういった意味では社会に
出る学生時代に、すでにこの
「内から目線」「外から目線」
が出来つつあるような気がし
ますので、注意が必要
なのでは
ないかと思います。どちらかと
いうと「内から目線」からの
ほうがコントロール思考に
陥りやすいような気がします。
(もちろん「外から目線」だけ
でもコントロール思考になり
ますが。)


「上から目線」だけでなく
「外から目線」「内から目線」も
もっと世間で言われてもいいの
では?と個人的には思います。


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posted by ごくう at 13:45 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2017年09月10日

「ほめる」と「おだてる」を混同しない


自分に対して、また他人に対して
「ほめる」という行為はとても
重要だと思います。


自分自身を「ほめる」ことは自己
肯定感や自信に繋がり、また次も
がんばろうという気になります。


他人を「ほめる」ということも
とても大事です。自分の親や子供、
兄弟を「ほめる」ということは
相手を尊重している、という
メッセージになります。親族に
「ほめる」というのはなかなか
恥ずかしいものがありますが、
それでも「ほめる」ところは
「ほめる」ということは大事だ
と私は思います。





しかしこの「ほめる」を取り
違えて、「おだてる」と
「ほめる」を混同している
人が少なからずいます。



「ほめる」はありのままを
見て評価
するものですが、
「おだてる」はありのまま
ではなく過大評価する
もの
です。


たまになら相手のためを思って
「おだてる」ということも
必要だとは思います。しかし
「おだてる」が常態化し、
もしくは「ほめる」と「おだ
てる」を混同してしまうと、
相手のためにも自分のためにも
なりません。



どうしてかというと、「ほめる」
はありのままを「ほめる」ので
コントロールではありません
が、
「おだてる」は過大評価してい
るので相手(自分)をコント
ロールしている
ことになるの
です。





「おだてる」ことで相手を
過大評価し、過大評価された
相手は勘違いしてしまうこと
もあります。そして「おだて
る」行為を行った人自身も
「おだてる=相手をコント
ロールできる」
と思うように
なってしまいます。このように
「おだてる」ことで成立する
関係は長続きしないのが普通
です。


コントロールは一時的になら
良いこともありますが、中長期的
に見ると良いことはありません。
それは何か「気持ちの悪い空気」
が周りを覆い、多くの人が不快
な気分となり、それが原因と
なっていずれコントロールの
関係は崩壊してしまうからです。


一見(最初は)良い空気に見えて
しまう「おだてる」という行為
ですが、「ほめる」とは根本的
に違う
ため、「おだてる」は
必要最小限にとどめておく方が
良いと思います。おだててばかり
いる人はいずれ「コントロール
しようとしている人」
と周りから
見なされ、次第に人が離れていき、
そして結果としてコントロール
できなくなっていくのです。


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posted by ごくう at 16:19 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2017年09月03日

コントロール思考になればなるほど「浅い人間」になっていく



人(主に他人)・状況・環境を
コントロールしようとするほど
人はどんどん「浅い人間」に
なっていく・・・。今回は
こんなことになる仕組みに
ついて書こうと思います。


自分の都合の良いように人や
状況をコントロールする、と
いうことは、場合によっては
嘘をついて相手を陥れるような
こともあります。


嘘をついて人や状況をコント
ロールし続けていくと、次第に
それが当たり前のようになって
いきます。
嘘はついてもバレない、
嘘をついても何とかなるはず、
こんな思考がクセになると、嘘を
つくことに対して罪悪感がなく
なり、コントロール優位の思考
になっていくのです。
だってその
ほうが楽で手っ取り早いですから。






でもそのようにずっとコント
ロールばかりしていると、次第
に思考停止状態に陥っていきます。
たいして考えなくても嘘を
ついてコントロールしてしま
えば何とかなる。
そう思って
いるのですから、深い考えなど
無用なのです。



熟慮したり試行錯誤したり
しなくても、コントロール
することがラクで正しい。


これは一時的には良いかも
しれませんが、これが長く
続くと思慮に欠ける行動しか
とれなくなり、仕事も人生も
趣味も友人関係も次第に
浅い取り組み方になって
いきます。


こうなってしまうとそれまで
何事にもそれほど考えること
もなく、試行錯誤もなかった
ので、年齢を重ねたとしても
「浅い人間」「薄っぺらな人間」
になってしまいます。





そんなことがあるのか、と
思われる方もいるでしょう。
しかし私の経験だと、意外と
このような人は多いのでは
ないか、と思うのです。


・年を重ねている割に物事に
 対して真正面から取り組まない。
 (正確に言うと”取り組めない。”)

・嘘を平気でつく。

・周りをコントロールしたがるが
 本人に魅力が無く、人が付いて
 こない。

・仕事や家庭(子育て)では
 マネジメントとコントロール
 を完全に混同している。

・身近な人に対して「コントロール
 することが愛情だ」と思う
 など、はき違えをしている。

・人を道具のように扱う。



このようにコントロール思考に
なってしまった人は年齢を問わず
意外といるような気がします。


コントロール思考の怖いところは
「コントロールしようとすれば
するほどコントロールできなく
なる」
ことにありますが、今回
のタイトルのように


コントロール思考になればなる
ほど「浅い人間」になっていく


という面もかなり恐ろしいことです。
もし自分がコントロールに頼って
いるなと感じたら(←この自覚が
実は難しいのですが)、「浅い人間」
になってしまう前にとにかくコント
ロールすることを辞めましょう。

コントロールに頼ろうとしな
かったら自然と「深い人間」に
なり、周りから一目置かれる人に
なる
ような気がします。


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posted by ごくう at 22:51 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする