2017年11月19日

Aの時にBをやり、Cの時にDを考えてしまう・・・・。あなたは結局何がしたいのですか?




タイトルのまんまですが、昔から
「いったい何がしたいのですか?」
ということでありがちなことを自戒
も込めて書きます。


ちぐはぐにやらずにそのまんま
「やる」。
これができる人と
できない人とでは人生どんどん
差が開いていくような気がします。


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・英語の勉強をやっている時に
 数学のことを考えている。


・会社にいる時には家庭のことを
 大事にし、家庭にいる時は会社
 のことを大事にする。


・人と飲んでいる時、目の前にいる
 その人の話題ではなく、世の中や
 他人のことばかり話す。


・学生時代、勉強や部活をしないで
 友達とダラダラし、アホなこと
 ばかりやっているくせに、勉強が
 できるヤツ、モテる奴、スポーツ
 万能なヤツはつまらんと言って
 バカにする。






・今いる会社で年収を上げることを
 考えず、副業ばかり考えてしまう。


・会社にいる時に友人のことを話題
 にし、友人といる時には会社のこと
 を話題にする。


・子育てで一番手のかかる時に子供
 の面倒を見ず、子育てが一段落する
 年齢になった時に子供の面倒をやく。


・ストレス解消のために飲食をし、
 料理そのものはどうでもいい。


・現在いる会社で頑張るよりも、
 転職することばかり考えている。


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このようなことは本当によくある
ような気がします。


このような思考がクセになっている人は、
いろいろやっているようで実は何も
やっていない。
ただいろいろやって
いると錯覚しているだけです。


本当は「そのままやればいい」のです
けど、それができない。要は逃げて
いるだけなのかもしれません。



このように状況をコントロールして
何かをやっているようでも、実は何も
やっていないのですが・・・、


このような人は結局何がしたいのでしょうか?



状況を自分の都合のいいように
コントロールしているだけに
すぎない、と早く気がつかないと
人生損ですよね。



posted by ごくう at 22:58 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2017年11月04日

「環境が良い」とは、「環境にコントロールされていないこと」。



学校・地域・職場についてよく


環境が良い、悪い


と言われます。


「あの学校は環境がいい」


「あの地域はちょっと環境がね・・・」



などとよく話をするものですが、
この「環境が良い、悪い」という
ものは一体何なのでしょうか、
改めて考えてみたいと思います。





簡単に言ってしまえば


環境が良い=自分が環境にコントロール
されていない



環境が悪い=自分が環境にコントロール
されている



ということだと私は思います。


例えば「学校の環境が悪い」とは、
タバコや薬物等をやる人間が多く
やたらと自分に勧めてくる。でも
自分はそういうのはあまりやりたく
ない。もっと他のことがしたい。
こんな状況は環境が悪いと言える
と思います。


あるいは「家庭環境が悪い」とは、
自分は人並みにスマホを持ちたいし
オシャレとは言わないまでも服も
もっと欲しい。大学にも進学したい
と考えているが、親が収入が不安定
でとてもそれは叶えられそうもない。

このような状況も環境が悪いと言え
ると思います。





注意しないといけないのは「環境が
良い」とは、単純に「ハードウェア
が良い、ハードウェアが揃っている」
というだけではない
ということです。


確かに良いハードウェア=良い環境
という面もあります。しかし本当の
意味で環境が良いというのは、ハード
ウェアに限った話ではなく、その環境
にコントロール(支配)されていない
こと、つまり


環境よりも自分のほうが主であること
ができる



ということが、「本当に環境が良い」
と言えるのです。


このへんを勘違いして、世間的には
お金持ちの部類に入り、物質的にも
何不自由ない家庭の人が病んでしまっ
たり荒れてしまったりするのは、
実は家庭にやたらと精神的にコント
ロールしようとしたり(過度の依存
や支配など)する人がいるケースが
多いのです。これは結局、


環境にコントロールされている


ということですから、いくらお金が
あって物質的に何不自由ないとしても
「環境が悪い」ということになります。





この「環境が悪い」ことが本当に
怖いのは、どんなに善良な人でも
いつの間にか悪い環境に染まって
しまう可能性があることです。


善良な人は環境が良い・悪いを
理解していますから、始めから
悪い環境に染まろうとはしません。


しかし悪い環境に抗うように
すればするほど、自分の人生が
主であることから外れていって
しまいがち。
本来善良な人なら
そのような悪い環境にコントロール
されることなく、自分自身の人生
を歩もうとするものですが、運悪く
悪い環境に入ってしまった場合は
どうしても悪い環境に抗うことに
パワーをそがれてしまうものです。
これは


「環境にコントロールされている」


ということ。知らず知らずのうち
にこうなってしまいがちなので、
これが一番怖いと私は思います。


本当に良い環境とは、環境そのもの
をそれほど意識せず、自分自身の
成長などに意識を向けられること。

環境や他人などに気を取られ過ぎず、
スッと自分の方に意識を向けられる
環境こそが本当の意味で「良い環境」
だと言えるのでしょう。




posted by ごくう at 17:15 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2017年10月29日

「選択肢の多い・少ない」の差の根っこにはコントロール思考がある



物事を選ぶ時や決める時に


唯一これだけが正解である


ということは少ないものです。
例えばスマホを持つ人は多い
ですが、皆がスマホを持つと
いうことが正解ではありませ
ん。


このようなことは人生を積み
重ねていけばいくほど分かる
ことが多いと感じます。


もう少し例を出しますと、
あることを選択をする時、
自分の中ではAとBという
案を持っていたとしても、
他の人はCとDとEを持って
いるかもしれませんし、
あるいはA'やB''という
選択肢を持っているかも
しれません。


この、自分はAとBだけど
他人はCやDやEやA'やB''
を持っているかもしれない、
自分のAとBが必ずしも正し
いとは限らない、と分かる
ことが精神的に大人になる
ということ
なのだと思い
ます。


だからこそ「自分はAかBだが
他に何かあるか?本当にAか
Bで良いのか?」
とコミュニ
ケーションを取るのです。
これは自分に自信が無い
からなのではなく、精神的
に大人になって器が大きく
なったからこそできるコミュ
ニケーションなのです。





ところが精神的に未熟な人だと
こうはいきません。


自分がAかBなら他人もAかB。
CやDやEやA'やB''は自分の
頭の中に無いからあり得ない。
さらに言うとCやDやEの方が
良かったりしてしまったら、
もっとあり得ない。


精神的に未熟な人というのは
こう考えてしまうのです。


このように相手の立場に
立った上で考えられない
人は、とにかく色々とコン
トロールしようとしてしま
います。まるで仕切り屋の
ような振る舞いで、相手の
立場や考えなんかまったく
考えない。いや、考えられ
ないと言ったほうが正しい
のかもしれません。


これは周りにコントロール
思考の人が多かったから
なのか、それとも見ている
世界が狭いのかは分かりま
せんが、一つ言えるのは、


あなたの考え(選択肢)以外
にも、もっと他のものがあり
ますよ



と言ってくれる人がまるで
いなかった、もしくはその
ような人を避けてきたから
そうなってしまったのだと
思われます。(ある意味
とてもかわいそうな人で
す。)






脱コントロールで考える
ことができる、きちんと
精神的に大人になって
いる人は色々と選択肢が
あることを知っています
ので、


あなたの考え(選択肢)以外
にも、もっと他のものがあり
ますよ



とサラッと言ってくれる
ものです。


そしてこう言われた時に
ムカッとして脱コントロ
ールの人を避けるように
なってしまうような人が
コントロール思考に陥って
いき、「確かにそうだ、
他の選択肢もあるかもな」

と素直に受け取れる人が
脱コントロール思考に
導かれ、ますます多くの
選択肢や有益な情報を
自然と受け取れるように
なっていくのです。


コントロール思考の人は
少ない選択肢しか無く、
脱コントロール思考の
人は多くの選択肢を得る。


ある人のまわりには良い
情報ばかり持ってきて
くれる人がいるのに、
ある人のまわりには
良い情報を持ってきて
くれる人が誰もいない。



この差の根っこには
情報を受け取る人が
コントロール思考か
脱コントロール思考か

という差があるのだ
と思います。この差が
とても大きなもので
あることは言うまでも
ありません。




posted by ごくう at 16:18 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2017年09月24日

説得とは「相手の得を説く」。


ある本を読んでいて


ああ〜、その通りだな〜!


と思ったことが書かれて
いました。それはタイトル
のとおり、


説得とは「相手の得を説く」


ということです。


説得、というと相手をこちら
の意図通りにする、どちらか
というと相手をコントロール
する、というようなニュアンス
があると思っていましたが、
よくよく「説得」という字を
見ると


誰かが得をするために説く


ということですね。


これが


自分が得をするために説く


のか、それとも


相手の得となるために説く


のかではまるで意味が違って
きます。


どんなことも相手の得となる
ようなことを言われたら悪い
気がする人はいません。

そして相手は得をするわけ
ですから、そりゃあ言うこと
を聞くわけです。





ところがこの「説得」が常に


自分が得をするように説く


人は、相手よりもまず自分が
得をするように動いています
ので、相手はそこをすぐに
見抜いてしまい、言うことを
聞きません。
得しないのだか
ら当たり前のことです。


でもいるんですよね、


こんなに説得しているのに
全然言うことを聞いてくれ
ない



という人が。


例えば会社を辞めようとして
いる人がいて、辞めないよう
に上司がいくら説得しても
全然良い方向にならない、と
いうのであれば、それは相手
の得を説いているのではなく、
どこか自分(会社)の得と
なるように説いているか、
もしくは「今会社を辞めたら
良いところなんかないぞ」
的な、辞めたらマイナスに
なるぞ、というような、得を
説くのではなくて負を説く
ような説得になっている

ではないでしょうか。





相手をコントロールしようと
している人は、結構な割合で
「相手の得を説く」のでは
なく、「自分の得となるよう
に説く」ことが多いです。
それでは本当の意味でコント
ロール(説得)できるわけが
ありませんよね。


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posted by ごくう at 17:15 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2017年09月23日

同調圧力が強ければ強いほど「和が乱れる」。



タイトルそのまんまですが、


同調圧力が強ければ強いほど
「和が乱れる」



こんな法則があると思います。


これは学生生活でも社会人生活
でも結構当てはまることが多い
と思うのですが、不思議なこと
に案外分からない(気付かない?)
人が多い(笑)。


学生時代の部活でも勉強でも


みんなやってるんだから、やれ!


というような空気が強ければ強い
ほど、不思議なほどその流れとは
別のアンチの空気が出てきます。
つまり「和を乱す」ヤツが現れる
ということです。


会社でも一緒。「花見をやろう!」
「社員旅行に行こう」という同調
圧力をかければかけるほど、「そ
んなものに行きたくない」
という
アンチが登場するわけです。





注意しなくてはいけないのは、ここ
で登場する「アンチ」は決して悪者
ではない
、ということです。


学校での部活や勉強、社会人での
花見も社員旅行も、だいたい同調
圧力をかけてくるのは親であったり
先輩であったり上司であったり経営
者であったりすることが多いのです。
このようないわゆる「権力者」が
同調圧力をかければかけるほど、
近くにいる人はサッーと引いて
いく
ことが多いです。(いわゆる
イエスマン的な人は除く)


これはなぜかと言えば単純に


面白くないから


です。部活でも勉強でも花見でも
旅行でも


人から強制されてやるものは
つまらない



ということです。
それがどんなに楽しそうなもの
(旅行や食事)であっても、


人から強制されてやるものは
つまらない



のです。





もちろん勉強や仕事など「つまら
なくてもやるしかない」ということ
もあります。


しかしそれにも限度があります
ので、つまらない(苦痛)あと
にはパーッと遊んだりして気分
転換するように人はできている
のです。


ただこれが個人ベースでなら
たいして問題ではないのですが、
集団ベースになるとどこかで
ガス抜きしないとやってられない
のが普通だと思うのです。
そのガス抜き役で登場するのが
「アンチな人」というわけです。


なので和を乱すようなアンチな
人が出てきたら、その人自体が
悪いのではなく、同調圧力が強す
ぎている可能性がある
と思います。





コントロールしようとすれば
するほどコントロールできなく
なる、というのはこういう所に
現れます。


コントロールしようとする人は
本人に悪気は無くてもコント
ロールすることが良い、皆が
同じ方向に向いているのが良い、
思い込みすぎている面がある
から「コントロールしようと
必死になる」のです。
でも結果的に「コントロール
できない」



逆に脱コントロールの人は
コントロールしようともして
いませんし、皆が同じ方向を
向いているのが良いとも思って
いません。(これは自分を尊重
しているからこそ相手のことも
尊重できる、という根底がある
と思われます。)でもこういう
人ほど、不思議なくらいにコン
トロールできてしまう
のです。


なのでこの仕組みと一緒で、


同調圧力が弱ければ弱いほど
「和ができる(皆が協調する)」



ということです。


もう一度書きますが、このこと
に気が付いていない人は意外と
多い
です。不思議ですね。


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posted by ごくう at 11:13 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする