2018年07月01日

家族でも仕事でも・・・うまくいかないところは「コミュニケーションが固定化している」。




たまたまテレビをつけたところ
「家族の問題」をテーマした番組が
放送されていました。そこでは家族の
コニュニケーションの問題が主に
話されていたのですが、


問題が多い家庭、うまくいかない
家庭のコミュニケーションは固定化
していることが多い



と講師の方が言っていました。


そして


「固定化したコミュニケーションを
ちょっと変えるだけで、良い空気が
波及して良い方向に変わることがある。
例えば子供に対して「いつもトロいな。
もっと早くやれ!」というところを
「ずいぶん丁寧にやってるね、でも
今後はもっと早くやるように気を付けて
みようか」と言い換えるだけで、空気が
変わる。事実はすぐには変わらないかも
しれないけど、固定化したコミュニケー
ションを変えれば、良い方向になること
がある。」



というような話をされてました。






私はこの言葉にかなりハッとさせられ
ました。なぜならこれは家族の問題
だけでなく、友人、同僚、恋人、夫婦、
ありとあらゆることにあてはまるのでは
ないかと思った
からです。


自分の見てきた(経験してきた)ことで
「うまくいってないな」というところの
多くはこの話のとおり「コミュニケー
ションが固定化している」。
というより
色々なわだかまりが積もりに積もって
「固定化してしまった」という感じ
かもしれません。あるいは人間の性質
とはそういうもので、固定化したコミュ
ニケーションの方が楽な面が多いです
から、自然と固定化したコミュニケー
ションになってしまうのかもしれません。


いずれにしてもうまくいってないところ
はコミュニケーションが固定化している
というのは事実だと思います。
逆に言えば「うまくいっているところは
コミュニケーションが固定化していない
ところ」ということです。



家族、同僚、友人、恋人など、比較的
長期で付き合うことになる間柄の場合は
意識的にコミュニケーションが固定化
しないようにしたほうが良い
のでしょうね。


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posted by ごくう at 10:04 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2018年05月13日

「手っ取り早く満たしたい」では、結局「満たされない」。



自分が「優越感にひたりたい」と
感じている人は、何かと人より
上に立とうとします。



人より上に立とう、というのは
大きなイベントが起こった時に
出てくることもありますが、
どちらかというと日々の小さな
出来事の中で出てくることの方
が多いかもしれません。


日々の中の小さな出来事の中でも


これなら優位に立てる!


という場面を虎視眈々と狙って
いて、
ほんのちょっとでも優位に
なれそうなものならすぐに行動に
移します。


このようなことを続けていくと
人が次第に離れていきます。
なぜなら人は「自分より上に
立とう、立とう」とする人が
嫌いだからです。



自然と上に立ってしまうような
人は人徳もあり、人から好かれる
人でしょう。
でも自分から人より
上に立とうとする人で人徳がある
なと感じた人は私は見たことが
ありません。


結局「手っ取り早く人の上に立とう」
とか


手っ取り早く満たしたい
(手っ取り早く〇〇したい)



というのは、一時的には満たした
気分になるのかもしれませんが、
結果的には「満たされない」と
感じてしまうことが多いのでは
ないでしょうか。






仕事でも勉強でも人付き合いでも
出会いでも、


手っ取り早く満たしたい
(手っ取り早く〇〇したい)



自分が主になっている思考。
「相手を満たしたい」ではなく
「自分を満たしたい」、それも
手っ取り早く。
これでは本当の
相手を見ることなんかできるわけ
ないですよね。


相手をしっかりと見て、相手を
満たしたい、となって初めて自分
が満たされるのではないかと思い
ます。



というよりそもそも


自分が満たされていないと相手を
満たすことなんてできない



ということかもしれませんが。


「手っ取り早く満たしたい」は
自分が満たされたいだけ。それ
ではうまくいくわけないですね。


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0と1の間にこそ答えがたくさんある

大人になってからの付き合いは、
「相手に自己肯定感があるか
ないか」がとても大事。





posted by ごくう at 08:46 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2018年05月03日

どうして「今、ここ」に意識が行かなくなるのか



心理学を学ぶとよく


「今、ここ」が大事。
「今、ここ」に意識を向けよう。



などと言われます。
(産業カウンセラーはロジャーズ派
なのですが、このロジャーズも
「今、ここ」を大事にする考え方
です。)


私もこの考え方にはとても共感を
覚えます。「今、ここ」に焦点を
当てず、未来や過去や違うところに
意識が行ってしまい、それで色々
悩んでいる。それなら「今、ここ」
を見た方がよっぽど気が楽になる
はずだよ、と思います。


しかしそれでも「今、ここ」を
見ることができない人が沢山いる。

よく考えてみると、「今、ここ」
が大事だよ、と昔から言われてる
のは、それだけ


「今、ここ」ができない人が多い


ということ。シンプルに考えれば
「今、ここ」に意識を向けることは
簡単なようで実はとても難しいのだ
と思います。


ではどうして「今、ここ」に意識を
向けることができないのか?



私なりにいろいろ考えてみたのです
が、「今、ここ」に意識が向かない、
つまり「斜に構えてしまう」という
のは、結局のところ


・嫉妬/ひがみ
・一番になりたいという意識が強い
・状況や他人をコントロールしたい
 (戦う相手は自分ではなく他人)



の3つのいずれか(もしくは複合で)
が原因なのではないかと思うのです。






この3つは自分に意識が向いている
のではなく、あくまで自分以外の
他人だったり状況だったりに意識が
向いている状態
です。本来ならば
内省し自分を見つめ直すことで色々
道が開けることが多いのですが、
自分より他人や状況の方に目が
行ってしまうというのは、結局の
ところ


そっちの方がはるかに楽


だからです。


手っ取り早く、短期的に効果を
求めるのであればそれでもよい
でしょうが、根本的に良い方向
に持って行こうと思うのであれば、
本来はじっくりと見つめ直したり
する時間が必要なので、どうして
も時間がかかりますし、面倒な
もの
です。


ですがそれを短期的に楽にやろう
とすれば、どうしても自分よりも
周り(状況・他人)を変えるしか
ない。だから「今、ここ」に焦点
を当てる必要なんか無い
のです。


手っ取り早く手軽に変えるために
他をコントロールする。でもそれ
じゃただのコントロールであって、
そんなのあまり意味が無いよ、
だから「今、ここ(自分)」が
大事なんだよ、ということなの
ですが、先にも書いたとおり
これが実は難しい。難しいから
こそ色々なセラピーで「今、ここ」
が大事だよ、と言われ続けるので
しょう。



繰り返しになりますが「今、ここ」
に意識が向いていないで色々と
悩んでしまったりしているのは、
他をコントロールしようとしている
から。その根っこには


・嫉妬/ひがみ
・一番になりたいという意識が強い
・状況や他人をコントロールしたい
 (戦う相手は自分ではなく他人)



という、自分の内面を見ないでいる
からに他なりません。
自分を責めすぎてはいけませんが、
「今、ここ」に意識が向いていない
のは自分のせいである、
と思っても
間違いではないような気がします。


「今、ここ」と自分に意識を向ける。
大変なことかもしれませんが、それが
一番良いのだと思います。




posted by ごくう at 22:10 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2018年04月22日

意図的なのか無意識なのか・・・独占しようとしてしまう人の心理



私が大学生の頃の話です。


アパートの大家さん(おばさん)と
仲良かったので色々と話をしたの
ですが、その時に


「〇〇君(私)、ブサイクとだけは
付き合っちゃいけないよ。」


と言われました。理由は


「ブサイクは平気で人をおとしいれる。
そして平気で嘘をつく。



私が若い頃、女3人、男3人で遊ぶ
ことになって、その中に一人ブサイクな
女が一人いた。遊ぶ時になぜか仕切り
だして、集合時間は10:30に、という
ことになった。


そしたら私ら2人には10:30と言って
おいて、他の人たちには集合時間は
10:00と言っていた。
そしたら私ら
二人は30分遅く行ったことになったの
だけど、どうもそいつは意図的にやった
ような気がするんだよね。で、自分は
早めに行って先に男の子たちと仲良く
なってやろう
、という感じで。


でも私ら二人は自分で言うのも何だけど
美人だったから、結局男たちにモテて、
ブサイクはモテなかったけどね(笑)。」






この話のようなことは実は普通に
あるような気がします。


会社でも自分の承認欲求を満たす
ために後輩や部下に仕事を渡さす
自分だけの独占業務にしてしまう、
そんな類です。


つまり周りには内密にしつつ自分
だけ先行投資のようなことをし、
しかも周りからは入られない
ように工作する。


でも・・・、先の話ではないですが、
この工作はたいてい失敗します(笑)。


なぜかと言えば、そもそも先行
投資的な行動で独占しようと
している時点で、自分の負けを
認めてしまっているから
です。


・他人に出し抜かれたくない。
・他人より先に接触・行動することで
 親密な関係になりたい。



これらはすべてコントロールです。


状況をコントロールすることは最初は
意外とやりやすい
ものです。人より
先に行動し、先手必勝という発想で
出し抜けばまずは「勝てる」わけ
ですから。


でも、短期的にはそれで「勝てる」
かもしれませんが、長期ではまず
「勝てない」。自分では「勝てない」
と知っているから先行投資・先手
必勝の行動をとってしまうのです。
これは意図的なのか無意識なのかは
わかりませんが、いずれにしても
「勝てない」と分かっているから、
焦っているから独占しようとして
しまうのです。



脱コントロール思考ならばこれは
あり得ません。


コントロールしようとしませんから、
行動が自然となり、最初は仲良く
ならなくても次第に気が合う同志で
仲良くなっていく
のです。


仕事も一緒です。
自分一人で独占などせず、部下・後輩
に自然と仕事を振っていく度量が
あれば他の仕事に着手することが出来、
ますます仕事の幅が広がっていく
のです。これは承認欲求のために
仕事をしている(コントロールして
いる)のではなく、周りのため、
相手のために仕事をしているから
できることなのです。


独占しようとしてしまう人には
「自分が一番得をしたい」
という意図がありありと感じられ、
結果として信頼を失ってしまうの
です。


顔がブサイクなのは仕方ありませんが、
性格までブサイクになってしまったら
救いようがありません。


性格が良いとは脱コントロール思考で
いること。

性格が悪いとはコントロール思考に
なってしまっていること。

内面がブサイクにならないように気を
つけないといけませんね。




posted by ごくう at 00:00 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2018年04月15日

評価者である前に理解者であれ!


人と話をしていると「何か
不愉快だな」
と思う人の
話し方をよくよく観察して
みると、やたらと自分が
評価者であるような話し方を
している
ことに気が付きました。


このような話し方をする人には
学歴が高い、会社で役職が高い、
という人もいるのかもしれま
せんが、一概にそうとも言えない
というのが私の印象です。つまり
評価者風に話す人は学歴や役職の
ようなものではなく、一種のクセ
のようなもの
なのかもしれません。


ですがこのクセ、最初のうちは
我慢もできますが、付き合って
いくとだんだん不愉快になって
きます。「あなたは一体何様
なの?」
とどうしても感じて
しまうからです。まわりにこの
ような評価者風の話し方をする
人がいるといつの間にか感染
してしまうこともあるので注意
が必要
かもしれません。


この評価者の視点が怖いのは、
評価者のような視点ばかりで
人やモノを見ていると、次第に
人やモノを「理解しよう」と
しなくなってくる
ことです。


相手を理解しようとするよりも
評価してしまう。



こうなると相手のことを見よう
ともせず、見ないで一方的に
評価してしまうようになります。


相手を見ないで評価するなんて
基本的にはあり得ないと思うかも
しれませんが、評価者癖がついて
しまった人には理解者の視点が
欠如
していますので、相手を
ろくに見もしないで評価をして
しまうようになるのです。






しかしこれでは人が離れていく
でしょう。
いつも評価者風を
吹かせているけど相手を理解
しようともしない、では人が
離れていって当然かもしれま
せん。


人と話をする時、接する時、
評価者である前にまず相手を
理解しようとする姿勢が大事

なのではないでしょうか。
極端に言えば評価者である
姿勢なんてほとんどいらない

のかもしれません。


人は自分を評価しようとして
くる人なんてだいたい不愉快
に感じるものです。
逆に自分を理解しようとして
くる人には好感を抱きます。



評価しようとする人は相手や
状況をコントロールしようと
する傾向があり、理解しよう
とする人は脱コントロール
いう感じがします。


評価しようとすると何かと
無理が生じ、
理解しようと
すると無理がなく自然体に
なれる
という感じがします。
「評価するより理解しよう」
という姿勢が大事なような
気がします。




posted by ごくう at 10:35 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする