2015年12月09日

良い記事:「怖れのリーダー」から「機能するリーダー」になろう



まずは記事から。

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人を従わせるのがよいリーダー?


「リーダーシップを発揮する」ということは、
往々にして、そのリーダーが目指す方向に
強引であっても従わせる、ということと
誤解されがちです。

たしかに、非常時には、そういう姿勢が必要と
なる場合もあるでしょう。

しかし、普段からそういうことが常態化して
しまうと、「指示されていないからやらない」と、
部下を無力化・消極化してしまい、本来部下が
持っている能力が発揮できずに損ねてしまう、
ということにもなりかねません。
言われたこと
しかやらない部下をつくってしまう危険があり
ます。

「怖れ」にとらわれているリーダーは、守りに
入りがちです。


「怖れ」にとらわれているというのは、どういう
ことかと言うと、「もしも○○したらどうしよう」
というような無力で不安な強迫観念に振り回されて
いる、ということです。

例えば、「人に任せて、うまくいかなかったら
どうしよう」という思いに振り回されると、
やたらと仕事を抱え込んで過労となったり、人に
干渉して自分のやり方でやらせようとしたりする
ことになります。

それでは、部下は自分の力を十分に発揮することが
できませんし、仕事を任せた意味もありません。

「怖れ」にとらわれているリーダーにおなじみの
マイナスの感情は、いらだち、焦り、不安、孤独感、
無力感、猜疑心、警戒心
などといったところでしょう。

それら自体がストレスフルですし、リーダーとしても
機能しないのであれば、そのような「怖れ」にとら
われるメリットは何もありません。


「怖れ」を手放せば、もっとうまくいく


「怖れ」にとらわれているリーダーを、私は
「怖れのリーダー」と呼んでいます。

それに対して、この対極の存在を、私は
「機能するリーダー」と呼んでいます。
「機能するリーダー」とは、前回も述べた
ように「部下に効果的に働いてもらえる」
リーダーのことです。

マイナスの感情にとらわれ振り回されるのが
「怖れのリーダー」であり、自らのマイナス
感情を「怖れ」として認めて、原点に立ち戻る
ことができるのが「機能するリーダー」です。
・・・・・

(途中省略)


リーダーの役割はファシリテーター


実は、リーダーになる人というのは、そのグループの
中で決して「最も優秀な人」でなくてもよいのです。

また、優秀な人が、皆リーダーにふさわしいわけでも
ありません。ずっとリーダーにならずに現場にいた方が、
輝いた存在でいられる人もいます。

どちらが優れているという話ではなく、それぞれの個性
の違いだと考えましょう。

リーダーの本質的な役割というのは、ファシリテーター
(促進役)です。

・・・・・・


引用:ダイヤモンド・オンライン
http://diamond.jp/articles/-/82671
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私はこの記事に全面的に賛成だ。
リーダーとはファシリテーターの役目を
する。それを忘れて、「自分が自分が」
という人は多い。それがリーダーシップ
だと勘違いしているのだ。


また記事の中に出てくる「怖れのリーダー」
もよくいるタイプ(笑)。結局部下を信用
していないから、部下からも信用されず、
深いミゾができていって結果的に仕事の
パフォーマンスが悪くなっていく。
そして「怖れのリーダー」はどんどんと
イライラが増していき、部下に八つ当たり
したり「部下の能力が低い」などと言って
自分を正当化してしまう。





こうなると最悪だ。
組織内にメンタル不調者が出るところ
などは、このようなダメリーダーが
偉ぶって君臨していないか。
そのくせそのリーダーはまったく自分を
振り返らず、問題点を問題点として捉え
られない。そんな組織は世の中に腐る
ほどある。そのようなリーダーはとっとと
退場してもらいたいのだが、現実的には
なかなかそうはいかないものなので、
もしそのようなリーダーに遭遇したら
自衛するしかないのかもしれない。
そのためには自分が「機能するリーダー」
になり、「怖れのリーダー」を駆逐する
のが一番早いのだと思う。

posted by ごくう at 23:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2015年11月29日

とても良い記事:人間関係、会社でうまくいかない時まず考えるべきは 言葉より人を動かす共感する力




会社でも家庭でも人間関係は「共感」が
基本になる。そう確信させてくれる記事。
「共感」というと「同感」と意味を同じ
に捉える人がいるが、共感と同感は違う。
ここを間違えるとピントがずれて、どんどん
共感と乖離してしまうので注意が必要だ。


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共感を呼ぶ2つのプロセス


共感はコミュニケーションの基礎をなす。
共感のないコミュニケーションは相手の
気分を害することさえある。そして、深い
共感は安らぎと癒しを与え、時に強い
エネルギーをもたらすこともある。


共感には2つのプロセスがある。初めに
相手の感情と同じ感情を抱くという
プロセスがあり、その次にその感情を
抱いていることを相手に伝えるという
プロセスがある。


相手の感情と同じ感情を抱くためには、
相手の話を聞く際に、その状況を明確に
五感でイメージできることが重要になる。
そして、その抱いた感情を相手に伝える
には表現が必要になる。


表現というと言葉をイメージするかも
しれないが、言葉だけが表現ではない。
表情や仕草、あいづち、姿勢、涙などに
よっても共感は表現される。


こういった言葉を使わないコミュニケー
ションを非言語コミュニケーションと言う。
非言語コミュニケーションが伴わない言葉
だけの共感は、かえって相手からの信頼を
損ねかねない。



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良好な人間関係は与える心から


自己啓発などの本を読んでいると、与える
意識を持つことの重要性を説く記述をよく
目にする。実際、良好な人間関係を築き、
仕事もうまくいっている人は、人との
コミュニケーションにおいて与える意識を
持っていると感じる。



何かを手伝ったり、必要な情報を教えて
あげたり、人を紹介したり、必要なものを
差し入れたり・・・。そういった与える
意識を持つ中で、特に大切なのが共感では
ないかと感じる。


自分には何も与えられるものはないと思った
としても、共感は与えることができる。

場合によっては共感してもらえることが、
どんなものを与えられるより有り難く、
そして嬉しく感じることもある。


私は心理と会計の面から経営コンサルタントを
しているが、多くの会社の経営を見ていると、
生じている様々な問題の背景には当事者同士の
共感の欠如が存在するケースが非常に多いと
感じる。



相手に関心を持たず共感のないコミュニケーション
が積み上げられた結果、次第に相手との気持ちが
離れ、従業員のモチベーションが下がる、従業員
が会社を辞める、顧客を失うという問題が起き、
その結果、数字が悪化している。



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相手の話を聞く際には言葉より心に注目する、
メールの文面に一言共感の言葉を添える、
そんな意識を持つことで、小さな共感から
でも積み上げていくことができる。



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引用:JB PRESS
http://bit.ly/1lS9oFl
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この記事のコラムニストの方は心理カウンセラー
の資格をお持ちだそうで、さすがと思った。
産業カウンセラーでも「共感」はとても重視
される。カウンセラーという名の付く心理系
の資格では「共感」のスキルは必須だろう。


この「共感」、簡単に理解できるようで実は
なかなかむずかしい。自分の準拠枠(思い込み)
を取り払い、相手になったかのように「共感」
していく。そうすることで相手の心の奥底に
ある「思い」「感情」が出てきて、自分を
受容したり許容したり、問題についてより
整理して理解し、自ら問題解決の方向に
動いていく。「共感」にはそんな力がある。


だから本当の「共感」は単に表面的な「共感」
にとどまらない。だから私のような未熟な
駆け出しカウンセラーにはとても「共感」が
簡単とは思えない。が、実際に世間を見れば
「共感」なんてできて当然、と思っている
人がたくさんいるように思う。実際には自分で
そう思っている人ほど「共感」できていない
のだけども(笑)。


私の経験では、「共感」は貯金だと思う。
これは家庭でも職場でも同じ。
子供に問題がある家庭(親)には「共感」が
感じられない。
職場でも何かとすぐ人が辞めてしまったり
休みがちな人がいるところでは「共感」と
いう概念が無いのではないか、というくらい
「共感」が無く、表面的な話題等でごまかして
いるように思う。


極論を言わせてもらえば、「共感」が無い所に
幸せはやってこない。

もう絶対にやってこない。
なぜなら「共感」が無い場所に「満足する」と
いう発想がないから。


「満足」とは「満ち足りる」ということ。
常に満ち足りず、不足分ばかりを探している
ところに「共感」はありえない。というか
「共感」が無いから不足分のところばかりに
目がいくのか。どっちが先か分からないが、
幸せとは不足分ではなく「あるほう」に主眼
がいくこと
だから、99点でも不足分の1点に
ばかり目が行くような状態なら、もうそれで
不幸の発想の始まりの可能性もある。


職場でうまくいかないところは、この「共感」
の貯金が無い。家庭でもうまくいってない
家は「共感」の貯金が無く、目先のことばかり
に流されている。目先のことに流されていて
「共感」が無い職場や家庭は本当に冷たいもの。
そうならないように日々コツコツ「共感」を
貯金していかないといけないのだ。


posted by ごくう at 22:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

良い記事:「アフター5は、仕事がらみの付き合いは断れ!」という社長の一言



仕事がらみの付き合いで大事なのは
社外か、社内か。とかくサラリーマンは
どちらかに偏りがちになる習性がある
ように思います。社内ベッタリもダメだし、
社外にばかり目を向けすぎてもダメなのか
もしれません。

しかし仕事がらみの付き合いは社内・社外
問わずアフター5はやめたほうがよい、と
いうこの記事の社長の意見に私は賛成です。
会社員として、というより「人間として」
視野や度量を大きくするためにも仕事から
一旦離れたほうが良いと思います。

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仕事でつながりのない対人関係は、
仕事で役立つ情報の宝庫


ビジネスの成否は相手先との人間関係が大きく
影響することがあります。そのため今日でも、
大半の会社では接待という「おもてなし」が
欠かせません。取引先の担当者と酒の席や
ゴルフなどを通じて親しくなることで、情報
交換など意思疎通がスムーズに図れるという
わけです。結果的に仕事もやりやすくなり、
ビジネスにもプラスになると考える人は少なく
ないでしょう。同じ手法が、社内の人間関係の
構築にも使われています。仕事を終えた後での
上司や同僚との飲み会や、社員旅行などがそれ
です。

しかし、ここで紹介する社長さんは、接待や
社内の親睦など無駄だと言うのです。


「アフター5は仕事がらみの付き合いは断れ! 
その時間は外部の人間と付き合え」



この社長も接待そのものは否定しません。
ただ、取引先とツーカーになり過ぎると
かえって情報が偏り、結果的に会社に
とってはマイナスだと言うのです。また、
相手の情報が正しいかどうか、親しくなり
過ぎるとビジネスマンとしての冷徹冷静
な目でチェックできなくなることもある
と言います。チェックがおろそかで誤情報
であることを見逃したら、会社は損失を
被るかもしれません。どんな親密先でも、
担当者同士は一定の距離を保って付き合う
必要があると言うのです。このことは社内
の人間関係も同じで、会社への不満やグチ
のハケ口になるような付き合いなら、弊害
の方が多いと教えてくれました。



彼が言うには、情報収集は多元的・多面的に
行うべきで、仕事とは無関係な組織や人と
交流する方がより多くの情報と接すること
ができるそうです。また社員自身の視野も
広がるので、結果的に身内だけでつるんで
いては気づかない重要な情報を入手してくる
ことが少なくないのだとも言いました。

たとえSNSだけのつながりでも、外部の人間
関係は仕事に役立つ情報やビジネスチャンス
が埋もれた「宝の山」だそうです。

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引用:小さな組織の未来学
http://nkbp.jp/1NggDfZ
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いままで(というか現在も)日本の会社は
仕事もアフター5も社内の人とつるんで交流
する=コミュニケーション力がある、という
感じでした。そのようにすることが組織と
して「一つになること」と思っていたのです。
しかし「一つになって」意味があるのはある
時期だけで、いつも「一つになっている」
必要はないでしょう。むしろ現代はバラバラ
なものをうまく自然にまとめていく(まとまって
いく)、ゆるやかな感じがいいのではないで
しょうか?
そこに飲み会や社員旅行は果たして
どこまで必要があるのでしょうか?

posted by ごくう at 16:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

良い記事:「社内人脈」は本当にプラスか 「疎ましい」存在になる可能性も(高城幸司)



まったくその通り!という記事。
「社内人脈に意味がある」という人ほど
あまり仕事ができないような気がします。
かといって一匹狼になりすぎるのもまた
デメリットが。要はバランスでしょう。

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そこにかけるエネルギーを考えると・・・


仕事をする上で、社内の人脈が広いことは
とても良いことです。例えば「この件は
誰に聞いたらわかるだろう?」という場面で、
すぐに別の営業所に電話をして「俺の取引先
の同業他社の会社をお前が担当していると
思うけど、最近、業績どうなの?」と聞けたり、
「経営会議に資料を作って出したいんだけど、
役員はどう思うかな?」となったら、秘書室
に問い合わせてみたり。人脈があれば、
いろいろなことを自分で直接聞くことが
できます。その点で、人脈が広いことはとても
意味があります。

では、社内人脈の広さは社内の評価に影響する
のでしょうか?取材していると「同期とよく
飲んでいます」とアピールしたり、「社内の
人間はだいたい知ってます」「この仕事は誰に
聞けばいいのか、俺ならわかるよ」と自慢したり
している人に、残念ながら人事評価の高い人は
意外といません。
人脈を持っていることは重要
ですが、そこにかけるエネルギーを考えてみて
ください。「社内人脈に詳しい人」と思われる
ためにエネルギーを注ぐのと、そのエネルギー
で仕事をするのと、どちらがいいのか。


最後に支持されるタイプは?


社外から本当に重要な仕事を持ってきて、社内の
会議に通すことになった時、たとえ自分に社内
人脈が無かったとしても、社内情報(人脈含む)
に詳しい人を知っていれば十分なのです。

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引用:JCAST
http://bit.ly/1Q5pKFC
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大企業で社内異動も頻繁にあって、直属の
上司も1年に1回は変わる、というような
企業ならある程度は社内人脈に精通して
いて損はないと思います。ですが、その
ような会社でもミエミエの「社内人脈通
気取り」の人には、たいして良い情報が
入っていかないのが人間の基本ではない
でしょうか?



というのも、そのような「社内人脈家
気取り」の人は、口が軽かったり、
たいして仕事が出来なかったりで
実は情報を持っているようで持って
いないのです。
情報を持っていたと
しても「3流」程度の情報で、所謂
「ゴシップネタクラスの情報」という
ことが多い。そんな情報を信じて
仕事をしてしまうようでは、自分の
信頼やレベルを落とすだけです。
それならいっそ無いほうがいい、と
私は考えています。


かといってあまりに社内で孤立して
しまうようでは、それはそれで問題
もあります。そうなってしまうと
必要な情報すら入ってこない、という
こともありますから。


でも基本的に情報って自分から発信
しないと良い情報は入ってきません。
情報は等価交換ですから。
「ゴシップネタ」ばかり集めていても
たいして仕事には役立たないんですね。
優秀な人からしたら「だから何?」と
言われてしまうのがオチなんです。
だったら、自分の仕事レベルを上げて
いくことを考えたほうが得ですね。
そうすると自然に仕事が回ってきて
情報も自然と集まってくるような
気がします。

社内でハイエナのように情報を探して
いても、それこそ疎まれるだけだと
私は思います。


posted by ごくう at 10:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2015年11月08日

とても良い記事:「人望がない人」は、大体”話しすぎ”ている 職場で、どうすれば人はついてくる?



この記事は「仕事」に限らず「人生」に
当てはまるかもしれません。

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(部分部分を引用いたします。
全文はリンクよりお読みください。)


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僕は「サラリーマンNEO」という番組の監督を務め、
おかげさまでそこそこ人気番組になったのですが、
その番組を始めた32歳の僕は、強烈なプレッシャー
に駆られていました。

同期は局の顔的な番組であるNHKスペシャルなどを
担当しているし、片や「サラリーマンNEO」は
「これがNHKの番組?」と非難されること必至の
番組です。だから、とにかく自分がリーダーシップ
をもって、現場を引っ張りまくることが必要だと、
会議では自分の意見を押し通し、現場ではカメラ
マンを怒鳴りまくっていました。

・・・・・・

あるとき、ある高名なカメラマンから「もっと人を
信じたら」
と言われ、以降、できるだけ怒鳴らない
ようにしました。でも我慢しているだけでは足り
なかったのです。我慢とは、僕自身は何も変わって
ない状況です。結局、無意識下で相手にプレッシャー
を与え続けているわけです。
それを思い知ったのは
その後にかかわる「あまちゃん」での経験があった
からです。

・・・・・・



禅を始めてから、自己をコントロールすることに
興味を持ちました。そこでカメラマンの方に言わ
れた「人を信じたら」という言葉を思い出しました。
そこで「あまちゃん」では、人に耳を傾けるコミュ
ニケーションで仕事をしてみようと取り組みました。



その一例が「末端スタッフに声をかける」という
ものです。たとえば、これだけ大きな番組になると、
衣装さんだけでも3人ぐらいいます。通常ならチーフ
に話せば大体のことは済みます。だけどそれだと、
どうしても役割が邪魔して、仕事の話に終始しがち
です。


その点、末端のスタッフだと、もっとプライベートの
悩みなども含めてしゃべりやすいわけです。そこで
仕入れたネタ、たとえば最近チーフが彼氏のために
オムライスを作って失敗したらしい、みたいな話を
仕入れて、打ち合わせの最初に発言するわけです。
すると笑いが起きます。親近感も湧きます。


リーダーとしてのおもしろさとは、いかに全員に
目配せできているかだと思います。言い換えれば、
参加している人に、あなたは私にとって重要ですよ
と伝えることです。
すると参加している人は、
仕事がおもしろく感じ始めます。みんな仕事に誇り
を持ちたいわけです。

・・・・・・

それから、出演者や脚本家などの打ち合わせでは、
自分をアピールするための発言をやめました。
よくあるでしょう。いい意見が出たあとに、
「僕もそう思ってました。確かにそれは……」って
いう人。自分を振り返ってください。無意識にして
しまう行為です。なぜなら本当にそう考えていたから。
だけどこれはうっとうしいだけです。だからそうした
言葉が出そうになったら、ぐっと堪えるようにしました。


日常の会話でも、「この前ハワイに行ってさぁ〜」って
発言に、「あ! オレも3年前に行って」ってなどとは、
絶対に言わないようにしています。これは、無意識に
「会話泥棒」をしてしまっているわけです。



悩み相談もそうです。これまでは相談を受けると、すぐに
「それはさぁー」と言っていたのをぐっとこらえ、
とにかく吐き出させるための質問をするようになりま
した。
「あまちゃん」が終わって帰省したとき、妹からは、
「兄ちゃんしゃべりやすくなった。すぐに正解を言わなく
なったから」
と言われました。


正解を言わなくなったら、愛されるようになる――
ここにコミュニケーションの真髄があります。



・・・・・・





自分とは相いれない考え方に対して、どう対応するか
は難しいものです。苦しくなるのは、自分の意見に
同意させようとするからではないでしょうか。しかし
お茶を差し出す余裕とは、違うということを肯定して
いると思うのです。自分と違う考え方、違う意見が
あって当然ととらえる心は、コミュニケーションに
幅を持たせます。



・・・・・・


考えてみると、「おもしろい」というのは、
「おもてなし」だと思います。



相手の気持ちから物事を考え、喜びを与えられる人、
つまり「おもてなし」できる人が、おもしろい人です。
裏を返せば、おもしろい人の周りには、その人のために
何かしてお返ししようと思う人がたくさんいます。
それが結果的にあなたを「おもしろい人」に担ぎ上げて
くれます。「おもしろくしよう」「おもしろいって思わ
れたい」ってひとりで頑張らないでください。
まずは、
「与える」ことです。人の気持ちに寄り添うことから
始めましょう!

・・・・・・

引用:東洋経済オンライン
http://toyokeizai.net/articles/-/62331
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この記事にはとても重要なことがいくつも
ちりばめれれている。

ますは「聞くこと」。これは「聴くこと」
ということになるだろう。「耳に14の心」
と書いて「聴」と書く。
ここでいう「心」
とは自分をアピールする「心」ではない。
相手を慮るための「心」である。



ところが偉くなったりリーダーになったり
すると、どうしても「自分」を出すことが
いいんだ、と思ってしまう。
それは単なる
見栄だったり思い込みだったりするのだが
(たいていは見栄だと思われる)、そうする
ことがリーダーとして「気持ちいい」と
勘違いするヤツも中にはいる。こうなると
最悪である。


そして「人望」の根底にあるのは「おもてなし」
だろう。これは何も滝川クリステルが言うような
お客様への「おもてなし」ではない。自分より
目下の人、若い人に対しても同じく「おもてなし」
が必要なのだ。しかしこれは甘やかすのとは違う。
「おもてなし」の気持ちがあれば謙虚になれるし、
人を大事にできる。これは好き・嫌いではないし、
役職が上か下か、年齢が上か下か、でもない。

「人としてどうか」ということだ。


そういうわけで仕事場でも家庭でも、雑談なら
ともかく「自分アピール」的、「持論アピール」
的なおしゃべりはいいことが無い。それよりも
相手に寄り添うような会話を目指したほうが
いろいろうまくいくだろう。
相手に寄り添う
おしゃべりならきっと悪い方向には行かない
だろうと思う。

posted by ごくう at 17:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする