2020年09月21日

今の時代こそ「結婚すること」が合っている(東京タラレバ娘シーズン2を読んで)




私は男性ですが「東京タラレバ娘」
とても好きな作品です。東村アキコ氏
と同い年ということもありますが、
笑いのツボが同じというか、考え方も
似ているというか、とにかく東村氏の
作品が好き。


最近「東京タラレバ娘シーズン2」
出ていますが、これを読んでこれまた
とても良い作品だと思いました。


さてこのマンガの中で、「あなたの
夢は何ですか?」
というのがあるん
ですね。


「夢」というとどんな仕事がしたいか、
どんな職業に就きたいか、というのが
一般的ですが、そうじゃないんです
よね、本当は。



「夢=やりたい仕事」だとそれが達成
された時、やりたいことがなくなって
しまうので、それはちょっと違うんだ
と思うのです。


「夢」とは一生を通じてやりたいこと。
どういう人生を過ごして、どういう
生き方をしたいか。仕事はそれを
補助するにすぎない(一部の才能を
持った人を除いて)わけで、もちろん
仕事をないがしろにしていいという
わけではないのですが、一生を通じて
やりたいことを実現するためにどんな
仕事をしたいか
位でいい人が大半だ
と思います。


このマンガの中でスマホばかり見て
何年も過ごしている主人公が出てくる
のですが、スマホ内のコンテンツを
消費しているだけで何も無い
んですね。


今、こういう人すごく多いんじゃない
でしょうか?



私もコンテンツ消費(ゲームやマンガ、
映画鑑賞など)は好きですが、25歳位
からそこまでのめり込めないというか
入り込めない自分がいるんです。


それはもっと他にやることがあるから。


コンテンツ消費は所詮誰かが作った
ものを消費しているだけで、自分が
何かをやっているわけじゃない。
消費なのか浪費なのか分からない面
がありつつも単純に楽しいからやる、
というそんな部分が分かっていて
楽しんでいるわけです。


ところがコンテンツ消費しかして
いないと、自分から何かするという
ことが億劫で億劫で誰かが提供して
くれるコンテンツを消費することが
生きがいだ、楽しいからいいんだ、
と思い込んでしまう
のです。
ネットやスマホだけでもこれだけ
コンテンツが溢れる時代ですから、
そう思ってしまうのも仕方ないの
かもしれません。




でも・・・!
たいてい25〜30歳あたりで気付く
んですね、「あれ、私はコンテンツ
を消費しているだけだ。3年前と一体
何が違うんだろう?つまらないな。
あ、飽きてきてるのか。」
って。


「あ、飽きてきているのか。」と
気付ければまだマシで、コンテンツ
消費から抜け出せないでいると
だんだんと腐ってくるんです。
そりゃそうだ、小さな子供が
「おかあさんといっしょ」を見て
次に「アンパンマン」を見て次に
「プリキュア」や「ドラえもん」
になって、次に「ハイキュー!!」
になったというようなことを20代
でやっても面白いわけがない。
コンテンツ消費だけではなく
仕事だけでもなく、人として
「人生を生きる」ことをしないと
生きてる実感なんて湧かないように
できている
んでしょう、きっと。


だからこそ「結婚すること」が
大事なんだと思います。



何で結婚?と思われた方は迷わず
「東京タラレバ娘シーズン2」を
読んでください。



ここが分からないと皆でワイワイ
バーベキューをやっても、金曜の
夜に仲間と飲み屋で飲んでも、
コンテンツを消費しまくっても、
ペットを飼っても、何をしても
「楽しくない」んです。

一時的に楽しいことはある程度の
年齢までは楽しめますけど、30歳
あたりからキツくなってくる。

豊かで楽しむことが沢山あり過ぎる
時代だからこそ「結婚」することが
合っているんです。

まあ、結婚するだけですべて解決
するわけじゃないですけど・・・。
少なくても一時的な楽しみだけを
「楽しい」と思い込んでいるわりに
「虚しさも同時に感じている」状態
からは抜け出せると思います。




posted by ごくう at 09:40 | Comment(0) | 「生きる力」日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2020年09月02日

引きこもりとは仕事をしているかしていないかではなく、生活にリアリティーがあるかないかである




引きこもり。
社会問題にもなっている引きこもり
ですが、学校に行っていても仕事を
していても実質的な引きこもりは
実は相当数いる、
というのが私の
持論です。


社会上の定義(半年以上学校や仕事
に行けず家族としか話してない等)は
ここでは置いておきます。あくまで
私の引きこもりの定義です。


何でこんなことを言うかというと、
私の周りにはけっこうそれっぽい人が
多いんですね。会社でも親族でも。


会社で働いているのだから引きこもり
ではないだろう、
と思いたいところ
なのですが、どうも話していると
「何か引きこもりっぽいな」と思って
しまう人がいて、そういう人たちを
見ていると共通点があることに気が
つきました。それはたいてい


・生活にリアリティーがない
・生活にリアリティーがある人を
 憎んでいる(感じがする)



というところなんです。


例えば仕事をしていて給料をそれなりに
稼いでいても大半をゲームにつぎ込んで
しまうとか、定額給付金をもらっても
全部趣味に使ってしまうとか。


これが生活が安定していたり家庭が
あれば別にいいのですけど、そういう
感じでもないし、それでいて貯金とかも
そんなに持っていないのが特徴なんです。


30歳〜40歳くらいで金融資産をかなり
持っていて、それで趣味につぎ込む、
とかなら分かるのですが、そういうわけ
でもなく自分中心のお金の使い方を
しているわけです。




で、人の趣味やお金の使い方なんか
介入するべきじゃないので、もちろん
何も言わないのですが、こういう人
たちってどういうわけか


・生活にリアリティーがある人を
 憎んでいる(感じがする)


という空気がすごくて、もっと言うと


・仕事にリアリティーがある人を
 憎んでいる(感じがする)

・学校生活にリアリティーがある人を
 憎んでいる(感じがする)



というのが透けて見える人たちなんです。
で、ずっと何なんだろうな〜、これは?
と思っていたのですが、分かりました。
結局こういう人は「引きこもり体質」で
「世界(視野)が極端に狭い」人たち

なんだと思うのです。


そういう意味で言うと社会の定義上の
引きこもりではなく、私の言う実質的な
引きこもり、グレーな引きこもりと言い
ますか、こういう人は案外多い気がして
います。これは親や友人からの影響も
だいぶあると思うんですよね。


生活にリアリティーがある人たちは
ある人たちでつるむ。

ない人たちはない人たちでつるむ。

そしてこれらは学校でも会社でも一緒。



こういう図式があるのでグレーな引き
こもりと非引きこもりの間には深〜い
溝があって、これはなかなか解消しない
だろうなあと思います。



 
posted by ごくう at 15:18 | Comment(0) | 「生きる力」日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2020年08月30日

上司だろうが年上だろうが・・・・、礼儀正しくないのはダメである



私は年功序列という発想は日本を
悪くしている諸悪の根源だと思って
います。


「年上の人を敬うのは当然」
考えるのはよく儒教的だと言われ
ますが、儒教の本場の中国や台湾
でも年功序列はない
そうです。


▼参考記事
年功序列の起源(池田信夫blog)


年功序列は明治以降に土台ができ、
高度成長期にそのスタイルが完成
されたと言ってもよい比較的新しい
制度で、日本の文化と言えるような
歴史ある制度ではありません。
なので「日本は昔から年長者を大事
にしているから年功序列は正しい」
と言っている人は、合っているよう
で合っていないと言えるでしょう。


それにしてもなぜ年功序列はダメ
なのでしょうか?


今までそれでうまく行っていたの
だからいいじゃないか?
中学の部活あたりからそういう
風潮が脈々と受け継がれているの
だからそれが当たり前じゃないか?
それが日本のスタイルなんだ!


などと言う人、結構多そうですね。


でもこれ、やっぱり異常ですよ。
だってただの年齢差別ですから。
年齢が上だから偉い、素晴らしい
なんて、どう考えても変。


そして何より年功序列を辞めた方
がいい理由。それは


年上なら(年下に対して)礼儀
正しくなくても良いという空気を
作ってしまうから



です。


日本はまだ残念ながら年上の上司
が多い
です。仕事は能力が最優先
のはずですから年下の上司だって
何ら不思議ではないのに、まだ
まだ「年下の上司のくせに」
感じてしまう人も多いのではない
でしょうか。


でもこういう発想そのものが
年上(≒上司)を増長させて
しまい、年下(≒部下)に対して
礼儀正しくない振舞いでもかま
わない、
という無礼な思考に
繋がっていってるのだと思います。




その無礼な振舞いがどう影響する
のか?


それは言うまでもなく年下の人が
委縮し能力を発揮できない仕組み
になってしまう
のです。


どんなに能力ややる気があっても
無礼な年上(≒上司)のせいで
力が発揮できない。これは大損失
というものです。


仕事ができないのに「若造のくせに」
ということが許されるのは年功序列
の思考で年上というだけで無礼な
振舞いが守られているから。

本来は年齢や性別に関係なく能力が
ある方が上であるのに、それが
「年齢が上」ということでカモフ
ラージュされてしまう
のです。
しかもそれが分かっているから、
無礼に拍車がかかる。これでは
能力のある若者(能力が無くても)
が可哀想ですね。


上司だろうが年上だろうが何者
だろうが、「礼儀正しく振る舞う
ことがカッコいい」
とならない限り
良い社会にはならないでしょう。


▼参考記事
(マンガで読みやすいです)


「周囲を不快にする」エースに
致命的に欠けた力
「礼儀正しさ」こそ最強の生存戦略である!





posted by ごくう at 01:11 | Comment(0) | 「生きる力」日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2020年08月15日

気になる記事:「金を買え」が持論の私が、史上最高値の現在も「金を買え」という理由




まずは記事から・・・。

▼記事はこちら

「金を買え」が持論の私が、史上最高値
の現在も「金を買え」という理由
「金1万ドル時代」が来ても驚かない



最近、金(ゴールド)の価格が
騰がってきています。


コロナ禍で大量に発行されて
いる通貨への信認が揺らいで
きている
のだと私は考えて
います。

具体的にどの国の通貨の信認が
損なわれた、というわけでは
なく、どの国も通貨を増発して
いるため通貨そのものへの信認
が落ちてきている
ということだ
と思います。


とりわけ日本は膨大な財政赤字
を抱えている国。
よく「いくら
通貨を発行しても問題ない」と
いったことを最近耳にしますが、
どんなものでも大量に存在する
ものに対しては信用が無くなって
いく、というのはいつの時代で
あっても同じことだと思います。


通貨がこれだけ大量に発行されて
いて、いったいどう着地させる
のか。これはまだ誰にも分かり
ませんが、ひとつ言えることは
歴史を振り返れば同じような
ことを繰り返すことが多い
ので
(姿、形を変えても結局やって
いることは一緒という意味で)
大きな参考になると思います。




そういった意味でも資産の一部
に金(ゴールド)を持つことは
とても意味のあること
だと思い
ます。

今回紹介した記事のタイトルの
副題が

「金1万ドル時代」が来ても驚かない

です。一昔前なら「頭大丈夫?」
と言われたかもしれませんが、
今ならこれは決して妄言とも
言えないと私は思います。
それだけ通貨量が増えている。
大きなパラダイムシフトの
前触れだと思われるこの時代。
金が値上がりするのは当然の
ことなのかもしれません。




posted by ごくう at 17:30 | Comment(0) | 「生きる力」日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2020年08月14日

うまくいく人はまず知識から入る。が、知識だけでは終わらない


世の中老若男女問わず何事も

うまくいく人

うまくいかない人


に分かれると思います。
これは勉強、スポーツ、仕事、
ありとあらゆることにですね。


どんな分野でもうまくいく人
うまくいかない人を観察
してみると、まず入り口から
差が出ていることに気が付き
ます。


うまくいく人はたいてい知識
から入ります。決して我流では
やらない。キチンと知識を身に
付け、それから行動してトライ
&エラーを繰り返しながら成長
していく。こんな流れです。


うまくいかない人はたいてい
知識から入らず我流でやるか、
知識を仕入れるとしても身近
な人からしか仕入れません。
本を読んだりして一流と言わ
れる人の話を参考にすると
いうこともまずしません。
多くの場合、知識から入ると
いう発想そのものが無い感じ
です。


うまくいく人は知識から入り
ますが、決してそこで終わり
ません。所謂「頭デッカチ」
では終わらない
のです。
知識はあくまで次に行くため
の土台であり型であることが
分かっているので、軽視して
いるわけではないですが、
そこで止まってしまうという
ことはまず無い
のです。




うまくいかない人は知識を
仕入れることをバカにして
いることもあります。
まれに知識を仕入れたと
しても、こんな知識は私には
関係ない、こんな知識を得る
よりも行動した方が早い、
そもそも知識が間違っている、

などと言って知識を仕入れる
ことを軽視しているのです。
仮に知識を仕入れたとしても
所謂「頭デッカチ」状態で
知識を行動に結びつけられ
ません。それで「やっぱり
知識は意味が無い」と認識
してしまい、ますます知識
を仕入れることから距離を
取っていく、という負の
サイクル
になっています。


うまくいかない人、事を進める
に当たってたいてい行き詰まる
ことが多い人というのは、王道
である知識を仕入れずに事を
進めようとしているケースが
ほとんどのように思います。
そして王道ではなく一発逆転の
発想ばかり。

このようなやり方ではいつまで
たってもうまくいくわけがあり
ませんね・・・。


パターンを簡単にまとめますと


うまくいく人→まず知識から
仕入れていく、我流にならない、
王道を歩んでいる



うまくいかない人→知識を得る
ことを軽視している、なぜか
我流が多い、王道ではなく
一発逆転を狙って歩んでいる



こんな感じです。


うまくいく人のパターンは
地味でつまらないですね。
決してドラマ的ではない。
でもうまくいかない人
パターンは基本的にうまく
いくわけがないのですが、
運でうまくいくこともあり
これはドラマ的で面白そう
に見えます。


ドライな言い方かもしれま
せんが、たいていの人の人生
はドラマみたいではありません。

結果としてドラマみたいな
人生だった、ということは
あるかもしれませんが、
狙うものではないと思います。
それならうまくいく人のパタ
ーンを真似したほうが、明るい
未来に近づけそうな気がします。


▼参考記事

一流の人は「努力の娯楽化」
という共通点がある





posted by ごくう at 18:03 | Comment(0) | 「生きる力」日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする