2019年05月03日

狭い世界で見栄を張るアホらしさ


まずは記事の引用をご覧ください。

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「優秀なら優秀、ばかならばか、金持ち
なら金持ち、貧乏なら貧乏、はっきりして
くれっていうの。そこそこのやつって、
フリばっかりで過ごしちゃう。そんなのが
日本人の大多数だからなあ」



引用:日刊大衆
ビートたけしに学ぶ…「令和時代に“1億
総中流意識”は不要」だった!!

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以前からずっと思っているのですが
私の会社の同僚でも親族でも何かと
サラッとお金を使う人がいて、その
お金の使い方に「?」と思うことが
多いのです。


例えば私の母親のことで言えば、
父親(母からしたら配偶者ですね)
が入院していて完全に介護状態で、
かつ母親もたいして収入が無いの
にもかかわらず、孫(私の子供で
すね)に小遣いを人/1万円も
あげてしまう。



さらに言えば私の同僚で子供が
高校生〜大学生という一番お金が
かかる時なのに、会社の若い子に
頻繁に飲み屋で奢ってしまう。



こんなことはごく普通にある光景
なので、私の方こそが違うんじゃ
ないか、という声も聞こえてきそ
うです。






でも・・・。
これらのことは「孫がかわいい
から」とか「若手にはお金を出さ
せるわけにはいかない」という
話じゃないと思うんです。



もっとリアルさを出すために詳細
を言えば、母の場合は父の入院
費用がヤバいということで私が
かなり援助しています。さらに
いうといまだに住宅ローンも
残っていてその支払いもキツイ
とボヤいている。


会社の同僚はと言えば、私より
役職が低いのでそんなにお金が
無いはず。それで子供が高校〜
大学で費用がキツイキツイと
毎日のように言っているのに、
若い子には飲み代を奢って
しまう。


これらは全部大阪弁で言うと
「ええかっこしい」、つまり
「見栄っ張り」。



ある程度の地位・立場の人なら
見栄が必要な時もあるでしょう。
でも、ある程度の地位・立場の
人ほど不思議と見栄を張らない
から不思議です(笑)。


見栄を張る人ってどちらかと
いうと社会的立場の弱い人、
強いコンプレックスを感じて
いそうな人ほど見栄を張って
しまうような気がします。

それも狭い世界で(笑)。





引用記事のビートたけし氏の
コメントはまさにその逆。
つまらない見栄なんて張る
必要ないでしょ?
と言っている
感じです。


令和の時代はもう一億総中流
どころじゃないっていう時代。
なのにいまだに自分がそこそこ
にいると勘違いしている。



この勘違い、見栄、ええかっこ
しいを補正しないと、いつまで
たっても辛いままな気がします。
少なくとも人生に見栄は不要。
そこに早く気付いた方がいい
気がします。




posted by ごくう at 12:30 | Comment(0) | 「生きる力」日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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