2018年04月28日

「同じ」になろうとする人は結局信用されない



私が仕事をしている同僚の中に、
忙しくなると手伝ってくれようと
するのはいいのですが、常に
まわりの人と同じ仕事をしようと
してしまう人がいます。


同じ仕事をしてくれることで
とても助かることもあるのですが、
常にそうとは限りません。


例えば今Aさんが「B」という
仕事で大変で「C」が滞っている
から「C」にヘルプに入ろう、
とか、Aさんは「B」で手一杯
だけど自分では何をしたらいいか
わからないので
「何かやれることはありますか?」
と聞く、とか、そういう感じでは
なく、


常に「B」を手伝おうとする


のです。


この人を見ていますと、これは
仕事に限ったことではなく、何事
にも「同じ」になろうとしている
感じがします。



自分が野球観戦が好きなら相手も
野球観戦を求める


周りがAということで話題になって
いたら自分もAを始める



という感じで、人は周りからの
影響を受けつつ生きていくもの
ですが、その程度が激しい
いうか、とにかく相手(周り)と
同じになろう、同じになろうと
してくるのです。






そんなおり、その人を見てある若い
人が私にこう言いました。


「Pさん(同じになろうとしてくる
人)って変ですよね。Pさんは40代
なのに、20代の私に仕事のことで
まったく同じ視点で見てくる。
普通40代だったら40代の視点で意見
とかアドバイスしてきませんか。

それが20代の私の見方と全く同じ
なんですよ・・・?」


このPさんは精神年齢が20代である
とか、そういう可能性もありますが、
それよりも


相手と同じ=良いこと・やさしい

相手と同じ見方=相手を理解している



と思い込んでいるという感じです。


この姿勢は最初はそれでも通用
しますが、それが次第に


何かこの人、変だな


という感じになってきます。


というのも


常に相手と同じなんて普通はあり
得ないから



です。






年代も経験もキャリアも違うのに、
相手と同じことばかり言ってくる
人なんて逆にあり得ない、という
ことです。


なのに「同じ」になろうとして
くる。これでは(最初は信用された
としても)結局は信用されません。


相手と違って当たり前。
「同じ」なんてことはあまりない
のが普通です。


「同感と共感は違う」といいますが
「同感しかない」とか「同感が異常に
多い」というのは変
です。
「同感しかない」人は結局信用され
ません。信用される人は、同感する
時は同感し、違う時は違うと言える
なのではないでしょうか。


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posted by ごくう at 18:38 | Comment(0) | 「生きる力」日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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