2018年04月09日

「主語が自分でない人」とは関わらない方がいい



仕事をしていると


「〇〇をこうしてほしい」
「〇〇は何であるの?」
「〇〇は□□だからダメだ」


などと言う人がいます。


上記のように指摘している
点について間違いではない
ことが多い
のですが、でも
このように指摘しても周り
の人が動いてくれる人

動いてくれない人に分かれる
ことが多いです。


周りの人が動いてくれる人と
いうのは、普段から


自分が主語で動いている人が多い


です。


普段から自分が主語で仕事
をしているので、


「〇〇をこうしてほしい」

→自分ならこうする、
 こうやってみる。



「〇〇は何であるの?」

→確かによく分からない。
 だから自分が色々と確認
 してみる。それが分かった
 上で改善案を提案してみる。



「〇〇は□□だからダメだ」

→ダメだから自分が△△して
 みて、ダメを良くしてみせる。



という感じです。


普段からこういう思考・行動で
動いているので、周りもその
良い影響を受けて「じゃあこう
してみようか」
という流れに
なり、色々な知恵が集まって
実際に改善されていくのです。






しかし自分が主語で動くことは
なく、ただ評論家のようにモノ
を言っているだけの人だと、


「〇〇をこうしてほしい」

→自分は何もしない(できない)。
 けどアイデアだけは出したと
 思っている



「〇〇は何であるの?」

→よく分からないけど、面倒
 だから確認もしない



「〇〇は□□だからダメだ」

→その通りだけど指摘して
 いるだけで何もしない



という感じです。


こんな感じで「主語が自分で
ない人」は、何をやっても
つまらないでしょう。



反対に「主語が自分でやって
いる人」は、何をやっても
面白そう
に見えます。


これは仕事に限らず、学校でも
出会いでも同じだと思います。



仕事でも学校でも出会いでも、
自分が主語でいられることが
多い人は魅力的で面白い人が
多い
です。


反対に自分が主語でいられる
ことが少ない人は、受け身な
せいか魅力的ではなく、面白
くなさそうにしている人が
多い
です。


主語が自分でない習慣がついて
しまっている人は、なかなか
自分から変わることができま
せん。特に40代以降になると
その傾向は顕著なような気が
します。


そんな人とはあまり関わらず、
できる限り「主語が自分で
ある人」と関わった方が人生
プラスになるというもの。
主語が自分の人は、自分から
人生を面白くしている人。

主語が自分でない人は、自ら
人生をつまらなくしている人。

自分の人生ですから、面白い
方がいいに決まってますよね。


▼参考記事
「うだうだ言って何もしない人」
よりも「うだうだ言われてでも
何かしている人」のほうが、
ずっと偉い
――秋元祥治『20代に伝えたい
50のこと』





タグ:生きる力
posted by ごくう at 23:12 | Comment(0) | 「生きる力」日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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