2016年01月11日

考えさせられる記事:仕事をする理由が無い〜日本人の目標は「楽をする事」なんじゃないか




まずは引用から。

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・・・・・・・

偶然の幸運〜セレンディピティ

このイノベーションが産まれるのに
必要な事は、


「偶然の幸運」


であると茂木さんは説明する。それは
「セレンディピティ」と呼ばれ、以下
の3条件が必要。


・行動
・気づき
・受容



まず、「行動」する事、
そして「気づく」こと、
そして「受容」する事。
この3つがある事で「偶然の幸運」
というのは産まれるのだそうだ。
とても、大事な3点なので忘れない
ようにしたい。


ただ、テレビではこの点しか語られないが、
この3つは「意識」する事で実現する事
ではないと思う。普段の「努力」がないと
「セレンディピティ」は絶対に産まれない。


努力して、行動して知識を増やすから
「気づき」が生まれ、失敗する事で「受容」
できる自分になれる。



どんなにマニュアルや成功本を読んでも
成功しないのはこの差だと僕は思う。






偏差値重視の日本の大学について


※番組は録画もしていないので記憶を頼りに
書いてます。文字起こしではなく、台詞等は
「そのまま」ではないのでご了承下さい。


茂木さんは怒っていた。
現在の日本の大学の「偏差値」という
不公平
に。


アメリカの大学では、学生を「偏差値」
ではなく「人間性」
で合否を決めると
いう。各大学が求める人、それには、
その大学のOBが各地で面接をしたり
するそうだ。


TEDに現れた15才の少年


話しは「TED」に変わる。
TEDは、大規模な世界的講演会を主催して
いるグループ。元大統領ビル・クリントン、
Google設立者セルゲイ・ブリンとラリー・
ペイジ、Amazonのジェフ・ベゾス、U2の
ボノなどやジョブズなど名高い人達も多く
スピーチをしている場であり、アプリなど
も出ているので知っている人も多いかも。


そのTEDに15歳の少年(ジャック・アンド
レイカ)
が登壇したという。


15才、凄い。
そして、生存率5%の膵臓がんを
100%にできるかもしれない画期的
な研究テーマ
を発表し話題になった
そうだ。


茂木さんは続ける。


「もし、日本だったらこの子は良い
大学にいけるだろうか?」



「いや、無理。こういう(偏った分野
だけ)勉強をしている子は偏差値に
よる合否の決め方をする国
では
ふるいに落とされる。」と。


だから、おかしい。
無駄、実に無駄な偏差値教育を18年間、


「何になりたいのかすら見つけられない
18年間の教育」



はおかしいと。


・・・・・・(省略)・・・・・・





「楽をする事」が目標の日本人


ここからは感想ですが、今日の番組を
見ていて、なんとなく最近のニュース
を見ていると、多くの日本人の仕事や
人生に対する目的意識が、この偏差値
教育の結果なのか、


「楽」をする事。


を向いている気がしてしょうがない。


・・・・・・(省略)・・・・・・


「ブラック企業がどうだ」
「少ない収入でどうだ」


いや、少ない収入が悪いとかブラック
OKの話しではなく、生きる目標が
「如何に楽をして生きるか?」
みたいな。


「どんな仕事がしたいか?」


じゃなくて


「どうやったら楽が出来るか?」
「どんな仕事が楽なのか?」
「どんな仕事が安定しているのか?」


楽な仕事は何だろう?楽して儲ける
方法はなんだろう?・・・


そうなんだろうか?
そうじゃない。そうじゃなくて、


自分は何がやりたいのか?


を見つめなければ。
ちゃんと真っ直ぐに考えなければ。
それは絶対に「お金」や「楽」よりも
大切な事なんだと思う。


そんな事も考えらせられる内容でした。


引用:ENJILOG
http://rentalhomepage.com/rakuraku/
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この記事はいろいろ考えせられました。
「確かにその通り」という面と、「そう
かな?」という面と。そのへんを織り
交ぜて感想を書いていこうと思う。


日本の偏差値偏重のやり方だと、確かに
「自分は何をしたいのか」という面が
鍛えられずに大人になってしまう面が
多いと思う。目の前の勉強のみに視点
が言ってしまい、「自分自身」への
視点が育たない。


「自分が何をしたいのか」
「自分の特性は何か」


が人生ではとても大事なのに、勉強で
良い点を取ることに意識が偏りすぎて
しまうと、大人になってから人生の
モチベーションが形成されにくいと
思う。私がよく見た、いわゆる「勉強
ができる人」のパターンは、


高校→大学→大学でも資格試験(公務員
試験や民間試験等)に努力→社会人→
社会人も目の前の仕事にひたすら邁進
→その繰り返し・・・・・



というパターンだ。


中学か高校あたりから、常に何かを
目指している感じ。
「キャリアポルノ」
なんていう言葉を最近耳にするが、
まさにそんな感じ。ひたすら目の前の
仕事を無理矢理(?)こなしている感じ。
そういうのが無いと「この人、普段は
何をしているのだろう?そもそも何が
したいんだろう?」
という雰囲気。


一見「楽をする事」よりよほど努力
する人に見えるが、肝心の「自分が
したいこと」がまるで見えてこない。
(まあセレンディピティ的には
とても良い面もあるでしょうが。)


一方で記事の中にもあったが、若い人に
多いと言われる「さとり世代」のような
人たちは一見すると「楽をすること」に
特化しているかのように見える場合がある。
記事の文を引用させてもらうと・・・


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「どうやったら楽が出来るか?」
「どんな仕事が楽なのか?」
「どんな仕事が安定しているのか?」
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しかし、これは・・・・・・、
「楽をしたい」というより、実は
「仕事」にエネルギーが行っている
のではなく、「自分自身」はどうし
たいか、というところに目が行って
いる可能性や機会があると私は思う。
キャリアポルノ的な偏差値偏重タイプ
の生き方より、実は「さとり世代」の
方が「仕事」から少し距離を置いて
いることで、「自分自身」の方に目が
向いている「さとり世代」の人も結構
いると私は感じている。


しかし「さとり世代」は若いが故に
「やりたい仕事」「自分の特性に
あった仕事」にスパッとたどり
着けるわけではない。
それにやりたい
仕事があっても正規雇用が減らされて
いて「もう無理」と諦めてしまった、
というケースもあると思う。


なので偏差値偏重的・キャリア
ポルノ的な人たちも結局は「仕事を
通じて楽をしたい(自分の人生は振り
返らなくていいので)」
、そうでない
人たちは「そもそも全般的に
楽をしたい」
、さとり世代の
人たちは「楽をしたいかどうかも
まだよくわからない」
という感じ
なのではないか。


ただ言えるのは、いずれの人も
「自分は何をしたいのか」
という点は抜けているのだと思う。
これは日本の国民病のようなもの
ではないか。
基本的に宗教を持た
ないというのも一因かもしれない。
「自分は何をしたいのか」が無かった
のなら、「楽をしたい」となるのは
自然な成り行きなのでは
ないか、
と私は思う。

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posted by ごくう at 21:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 「生きる力」日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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