2015年08月16日

良い記事:心が強い人が持つ「他人に反応しない」技術 もう、ムダに反応するのはやめなさい




まずは記事から。


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SNSが広く普及して「他人からの反応」
がすぐに得られる世の中になりました。
そうでなくても会社では、周りからの評価、
上司からの査定、競争相手、仕事の期日
……などを気にする毎日。
実はそんな「反応しまくる生活」こそが、
あらゆる悩みの根源になっています。
そして実は、そんな日常への対応策は
2500年前(!)に既に語られていました。
そう悟った人・ブッダは、こんな
「超クールな考え方」を教えてくれます。
中卒→大検→東大→永田町シンクタンク勤務→
インドで得度という経歴を持つ独立派・
出家僧、草薙龍瞬氏が語ります。




ビジネスの現場では、「結果」がシビアに
求められます。上司の評価、会社の査定、
周囲の評判……どうしたって気になるもの
です。
だから世間には、成果を上げるスキルや
能力アップのノウハウがあふれているし、
「認められるために頑張らなければ」
という思いで、みんな必死に働いています。


そんな日常の合間につい開くのが、パソ
コンやスマホ。疲れが癒やされるどころか、
「ネットサーフィンでアタマがボーッとする」
「SNSを眺めたあとに寂しさを感じる」
「フォロワー数やいいね!の数が気になって
疲れてしまう」こともしばしばですよね。


まさに、仕事でもプライベートでもストレス
やモヤモヤが溜まる毎日。こうした現代人の
悩みをすっきり解消できる方法を、2500年前
のインドの賢者“ブッダ”は教えてくれます。
・・・・・・・・・
(まだまだ続く)


引用:東洋経済オンライン
http://toyokeizai.net/articles/-/79245
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上記の引用は記事のほんの一部だ。
大事なところは後半にたくさん出てくる。
が、まずはこの冒頭の部分だけブログに
書こうと思う。



近年はSNSが増えてツイッターや
フェイスブックを使う人が多い。
かくいう私も上記のどちらも使って
いる。


このうちフェイスブックは見ていると
「あれ?」という投稿が多いことに
気付く。
というのも、基本的に
「リア充感あふれる記事がやたらと
多い」、ということ。「多い」という
よりそんな感じの投稿しかないと言っても
過言ではない。


そういう私もフェイスブックでは
「○○へ旅行へ行きました」
「娘が○○の学芸会に出ました」
「○○という資格を取りました」
「○○という店、おいしい!」

というようなことを投稿すること
がある。ネガティブなものを
投稿しても見ている人が戸惑う
だけだし、イヤな気持ちにさせて
しまうだろうし。だから必然的に
ポジティブなリア充的なものが
投稿には多くなる。






しかし、フェイスブックをよ〜く
見てみると、本当にどうでもいい
ようなことを投稿しているものも
多い。日々のちょっとした飲み会や
食事会のようなものまで
「○○(←店の名前)で□□さんたち
と飲んでいます」
みたいなもの。この投稿には2つの
意味があると思っている。


一つは単純に何も考えていないもの。
日記的に投稿しているだけで、あまり
まわりの反応は気にしていないパターン。
これはどうでもいい。
そしてもう一つは明らかに「リア充感を
出しているもの」。
これが私は厄介な
心理状態だと思う。だって自分を演出
して「自分を良く見せよう」としている
わけだから。


この後者のような状態になると、この記事
にもあるとおり、自分の投稿したSNSへの
記事の反応がとても気になるように
なってくる。これがまさに承認欲求
というやつだが、これが強くなり過ぎると
どんどんSNSに過剰反応するように
なり、しまいには依存するようになる
だろう。



これこそが「無駄な反応」だ。
そんなに「他人」に反応して何の意味がある?




私はこのような土壌は、実はスポーツの
応援から培われていると思っている。
やたらと野球のチームを応援している
姿勢(昔から比べるとだいぶ減ったとは
思うが)は、まさに「他人」の出来不出来
への反応にすぎない。
野球などのスポーツ
観戦はほどほどなら娯楽だろうが、スポーツ
新聞を買ってる程度なら私はすでに「他人
に対して過剰反応している」と思う。
これは「スポーツを通じて健全な精神を養う」
というスポーツマンシップの真逆の行為で
本当は「スポーツを通じて精神を病みつつ
ある」
という状況なのではないか?



ちょっと話はそれてしまったが、SNSと
過度のスポーツ観戦は実は精神構造は
かなり似ている。他人はそこそこ、自分と
自分の身近な人へ真面目なエネルギーを
注いでいたらこんなことにはなるまい。
他人に過度に反応してしまう=自分への
歪んだ自己愛、承認欲、と思っても
間違いではないと思う。他人には無駄に
反応ぜず、ニュートラルに、クリアに
自分や他人を捉えることができるように
ならないといけない。




posted by ごくう at 14:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 「生きる力」日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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