2015年07月26日

心理セラピストが語る!「コミュニケーション能力育成を軽視してコミュニケーション能力を求める矛盾」とは?



とても良い記事。
社蓄のような会社に過剰適応している
人にはぜひ考えてほしい内容です。

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・・・・・・・
(途中より)


家族はコミュニケーション能力を育てる原点



たとえばビジネス系になってしまいましたが、
話を家庭に移します。最近は核家族化が進んで
いる事やビジネスの多様化等で家族団欒の
時間が減っている気がします。これこそが
コミュニケーション能力低下の最大の原因
だと思うのです。
国民的アニメ『サ○エさん』
をイメージして下さい。あのアニメが何故何時
まで経っても打ち切りにならないか。ここに
私たち日本人の潜在的願望が隠されているのでは
ないかと思います。


家族の仲が良いのです。仲が良いというのは
じゃれあうとかそういう事では無くて、
お互いがお互いの立場を理解しつつお互いに
想い遣っているという点です。
物理的問題
だけではなく「帰る場所」がきちんと確保
されているという点は非常に大きいです。
家は寝るために存在しているのではないのです。


彼らは一緒に食事をします。ここが特に重要です。
家族というのは社会の最小限の単位です。
人間はここでコミュニケーション能力を
育てるのです。子供からしたら父母は
権威の象徴です。一方親からすると子供は
育てるべき対象なのです。従来僕たちは、
家族の中で役割や立場、立ち振る舞いや
マナーを学んできたのです。そして連帯感や
協調性を身につけて成長するのです。
もちろん例外もありますが一般論としてです。


たとえば、お父さんやお母さんが「私は仕事で
忙しいんだ!」と子供を学校や塾やその他施設に
押しつけたり、或いは放置したりしたら、子供は
本当の意味での心の拠り処を失ってしまいます。
無償の愛も学びにくくなります。深い人間関係が
無いので、何処かで「他所様」(よそさま)意識
が生まれて来ても仕方ありません。


考えてみて下さい。「私は仕事で忙しいんだ!」
と最前提となるコミュニケーション教育の場を
与えられなかった子供のコミュニケーション能力が
高くなると思いますか。
「最近の若いヤツらは
さっぱりわからん」と不満を言いたくなると
思いますが、それは当たり前なのです。
だって、「忙しい」を理由に若い人(我が子)と
正面から向かい合ってこなかったわけですから。

「人間関係は自分で磨いて行くものだ!」という
意見もありますが、それは家族関係という環境で、
失敗したり叱られたりしながら基礎を固めて
行くのであって、そういう環境さえ奪われた子が
急に社会性を学ぼうと思うはずもありません。


現代人はビジネスやお金に少々比重を置きすぎて
いる気がします。確かにビジネスもお金も大事
ですが、ビジネスやお金が、そもそも何のために
必要なのか、という原点に立ち返ることが、
結果的にコミュニケーション能力の高い、
それこそ生産性の高い人材を育成が出来るのでは
ないかと思うのです。



もちろん、それが簡単ではないことは百も承知です。
しかしこれを見て見ぬフリを続けてはならないことも
また事実なのです。


引用:Trinity WEB
http://www.el-aura.com/2014052502/
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この記事にあるとおり、コミュ力を養成
する場所の基本は家族である。ところが
そこを理解せずに何か別のこと(勉強・
部活・趣味などなど・・・)に視点を換える
ことで、本当のコミュニケーションを
とらずに生きてきている(生きてきた)人は
意外と多いと思う。私はこれを
「コミュずらし」
と読んでいるが、本当の意味のコミュ力は
お互い向き合うことでしか生まれないのに、
「コミュずらし」で「コミュニケーションを
取っている」と錯覚している人は後になって
苦労していることが多いように思える。
この苦労、いい意味での苦労なら良いのだが、
ここの歪みが原因で何年、何十年、ヘタを
したら一生、というくらいの苦労になって
しまうことすらあると私は感じている。



コミュ力の基本は
「自分と相手の認識は違う(かもしれない)と
認知すること」

から始まる。そこに気付くには当然失敗も
あるだろう。しかし記事にもあるとおり、
「私は仕事で忙しいんだ!」ということが
前提では失敗する機会すら与えられない。
そのわりにそのような社蓄タイプの人間
ほど(間違った、もしくは歪んだ)コミュ力
を求めるものだ。自分が間違っているとも
気付かずに・・・・。


現代人はビジネスやお金に比重を置きすぎて
いる、と記事にもあるが、家族のため、会社の
ために一生懸命なのは分かるが、そのために
コミュ力の養成を軽視し、結果的に仕事もお金
も失ってしまう、なんていうことになったら
何と言う本末転倒なのか。


勉強も同じ。生活を良くするため、良い人生
を送るため、世の中を良くするため、の勉強
のはずが、勉強に傾斜しすぎてコミュ力養成を
怠り、勉強はできても結果的にコミュ力が
低いことで良い人生が送れなかったとしたら
これも何とも皮肉なことだ。


すべてはまず正しいコミュ力をつけること
から始まる。
歪んだコミュ力は歪んだ仕事・
歪んだ人間関係を生み出し、結果的に生産性
が落ちる。そこに気付かないと何をやっても
うまく行かないと思う。




posted by ごくう at 11:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 「生きる力」日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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