2015年06月06日

ホーム人間とアウェイ人間


今まで生きてきて色々な人を見て
いると、人には「ホーム人間」と
「アウェイ人間」がいることに
気付く。今日はそのことについて
書こうと思う。


まず「ホーム人間」とは、自分の
今いる環境において、やること・
すべきことを理解し、しっかりと
取り組んでいくタイプ
。これは
単に環境に流されている、という
のではなくて、今の状況を自分で
分かった上で自分で選んで物事に
取り組んでいるタイプのことを
言う。
もちろん一時的には環境や
状況に流されているケースもある
が、そのこともある程度は自覚
していて、時が来ればまた自分の
やること(=ホーム)に戻って
いくタイプの人だ。自分が見て
きた限り、このようなタイプの
人はたいてい人生うまくいく
タイプが多い。




今度は「アウェイ人間」について。
このアウェイ人間はホーム人間と
比べるとかなり逆を行く人間。
今すべきこと、本来やらなくては
いけないことから目をそむけて
自分の主観、もしくは他人の情報
などにより、本来(=ホーム)の
ところから別の事に視点が行って
いるタイプ
である。このタイプが
やっかいなのは、ホームではなく
アウェイに視点が行っていて、
実際アウェイで行動していること
も多々あるのでそれを自分では
「私はキチンとやっている」
と勘違いしてしまっている点だ。
何もしないわけではない。ただ
ホームではなくアウェイなのだ。

しかし本人はそのことに気付いて
いない。ホームとアウェイの区別
がついていないのか、それとも
ホームがイヤで目を背けている
からなのか、とにかく分かって
いない。こういう人はたいてい
物事がうまくいかない。






私なりにこんな定義をしている
「ホーム人間」と「アウェイ人間」
であるが、ちょっと例を挙げて
みよう。



私は大学受験に失敗して1年間の
浪人生活を送っているのだが、
この浪人生活(予備校生活)なんぞ
まさに「ホーム人間」と「アウェイ
人間」の宝庫のようなところだった。



厳しい言い方になるが、どんな偏差値で
あろうと「受験に失敗」=「負け犬」、
というのが浪人生活である。これは
予備校に入ってすぐに先生から言わ
れた言葉だ。しかしそんな「負け犬」
でも、今度こそは受験に勝って希望
する大学に行ってやる!
という気持ち
でいっぱいの「ホーム人間」と、
なんとなく予備校に来ている、という
目的意識の無い「アウェイ人間」に
はっきり分かれるのが予備校の面白い
ところだった。






浪人している時点で
「希望する大学に入れるように成績を
上げれるように努める」

のが本来の浪人生のはずだ。
それがホームである。
しかし浪人生活も数ヶ月が
過ぎると、成績が思うように
伸びなかったりして色々ツラい
ことがあったりした時、本来の
ホームから逃げ、アウェイな
ところで頑張ろうとする奴が出てくる。
予備校内で恋愛に走る奴、友達とつるんで
ばかりいる奴、何故かバイトをする奴、
途中で辞めてしまう奴・・・。

いずれもホームを忘れ、ホームから離れ、
別の道(=アウェイ)を模索していくのだ。
(予備校内での恋愛は、こればっかり
はしょうがない面もあるか?)



じゃあ何で予備校なんかに来たのか。
アウェイに走る奴は、そもそも自分の中で
ホームが分かっていないのだ。




ホームは他人が与えてくれるものではない。
ホームの自覚は他人がキッカケになること
はあるが、基本的には「自分の中にある」
ものだ。
しかしアウェイに走る奴はそれが
無い。


だから当たり前だが浪人してもあまり
良い成績が出ない。せっかく貴重な
1年間なのにも関わらず、自分から
アウェイに逃げてしまう奴がとても
多かったことを覚えている。割合で
いうと、うーん、5割くらいか、
そのくらいは自らアウェイに逃げるのだ。






会社でも同じだ。もちろん人生でも家庭
でも同じ。ホームを忘れ、ひたすらに
アウェイにエネルギーを注ぎこむ奴が
いかに多いか・・・。アウェイなんか
にいくらエネルギーを注いでも所詮は
ホームではないから、満足感は得られにくい。
だからまた何かを求めてアウェイに
行く。
なんという悪循環。しかし
どういうわけか決してホームに
行こうとはしないのである。



これでは人生を無駄に浪費している
だけだ。
誰でも一時はアウェイに
行くこともあるだろう。しかし
アウェイにエネルギーを注ぐこと
だけに慣れてしまったせいか、
ホームを軽視してしまう人が
意外と多い。これは一種の
「考え方のクセ」みたいなもの
だろう。これがクセになって
しまうと大変である、無駄な事に
ひたすらエネルギーを注ぎ続ける
わけだから・・・・。



自分にとって「ホーム」とは何か、
それをある程度しっかりと把握
して生きていかないと、何のため
に生きているのか、何のために
生まれてきたのか分からなくなって
しまう
という、寂しい人生を送って
しまうことになる。たった1回の
人生だからこそ、それだけは避けたい
ものだ。





posted by ごくう at 23:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | 「生きる力」日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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