2019年02月03日

コミュ障の人は「安心」を求め、コミュ力が高い人は「信頼」を求める



みなさんはコミュ障というとどんな
イメージを抱くでしょうか?


・会話が無い(少ない)
・言っていることが分からない


一般的にはこんなイメージが
ありますが、どうもそういう
ものでもないのではないか、
という思いが昔からずっと
ありました。


といいますのも、やたらと距離感
をつめてくる人だって相手のこと
を慮れない時点でコミュ障だと
私は思うのですが、こういう人は
ウザいとは言われるもののコミュ障
とはあまり言われないですし、下手
をすれば「コミュ力がある」と見る
人もいます。


結局本当のコミュ力とは「相手の
ことを考えつつ適切な距離感で
人間関係を築き、意思疎通が
図れること」
と私は思うのですが、
もっとスッキリと説明してくれて
いる記事を見つけましたので
紹介いたします。


▼記事はこちら
「コミュ障」の本質が、ようやくわかった。






この記事にはとても重要なことが
書かれています。それは


「安心」に依存していると、「信頼」する
能力が育たなくなる



ということ。つまり「安心」を求めて
ばかりいるとコミュ障になる、という
ことです。逆に「信頼」を求めていると
コミュ力が育つ、ということです。


「安心」を求める人は相手や状況を
コントロールしようとしていますが、
「信頼」を求める人はコントロール
しようとはしません。



つまり「安心」を追求しているコミュ
ニケーションは、その時点でベクトル
がおかしいのであって(自分中心)
どんどんとコミュ力が落ちていく。


これはとても恐ろしいことで、結構
勘違いしている人が多い。特に
村社会的な閉鎖的な空間ほどこの
「安心を追求したコミュニケーション」
が多発し、しかも村八分にしたがる
傾向があるので、ますますコミュ力
が落ちる(でも気が付いてない)、
という負のサイクルになりがちなの
です。


みなさん、どうかコミュ障を間違え
ないで!真のコミュ障とは村社会を
求めるような閉鎖的安心感を求める
人のこと
なのです!




posted by ごくう at 22:49 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする