2016年10月30日

良い言葉:虚栄を満たすには他者を必要とするが、誇りは他者を必要としない。



タイトルの言葉は『夜と霧』
で有名なV.Eフランクルの言葉
です。フランクルは心理学者
でもありロゴセラピー(実存
分析)でも有名な方です。


この記事のタイトルは省略
してますので、ちゃんとした
言葉を書きますと、


-------------------------
虚栄と誇りは違う。
虚栄を満たすには他者を
必要とするが、誇りは
他者を必要としない。

誇りとは、他者ではなく
自らを征服した者の、
内的な真の自信なのである。
--------------------------



になります。

この名言にはとても深い
意味があり、またとても
良い言葉だと思いました
ので今日はそれについて
書きたいと思います。





自分の虚栄心を手っ取り早く
満たすには、自分より下の
人を見つけたり、自分より
下の人を作ればすぐに虚栄心
を満たすことができます。


しかし自分より下がいること
で精神的に安心し、人生で
満足感を得ることができる
のならば、果たしてそれで
良いのでしょうか。


こうして自分より下を探して
付き合っていくことで虚栄心
は一時は満たせるかもしれま
せんが、これはいずれ行き詰
まる可能性が高い
と言えます。


というのも「自分を相手より
下に見られたい」という人は
稀ですし、また若いうちは
それでもいいやという人でも
正常に年齢を重ねていけば
「自分にもできる」という
領域が広がっていくので、
自分に自信がついていくもの
です。このように正常に年齢
を重ねていった人にとって、
自分を下に見てくる人など
必要ではない
ですし、一緒に
いても不快になるだけ
です
から、一緒にいたくはない
のです。


また自分より下の人を探して
ばかりいる人は自分自身を
客観視したり成長したりする
ことがなかなかできません。

自分より下を作ることで安心
を得ることは「虚栄」であり
「実栄」ではないので、いつ
まで経っても成長することは
できないのです。

(※虚栄の対義語は実栄とは
言わないでしょうが、ここでは
実栄としておきます。)





素直に虚栄を求めることを辞め
実栄を求めていけば、自分自身
が成長するしかないのだ、自分
より下の人とやたらと接して
いてもしょうがないのだ、

気付くはずなのですが、手っ取り
早く手に入る虚栄で満足すること
を覚えてしまうと、なかなか
実栄のために自分自身を成長
させてやろう、自分を征服して
いこう、
という考え方にはなら
ないのかもしれません。


しかし悲しいかな、虚栄では
いつかボロが出てしまうのです。

所詮は虚栄だから、と言って
しまえばそれまでですが、
自分が虚栄に満足していても
(ごまかせると思っていても)
世間の人は虚栄と実栄を見抜く
目を持っています
から、虚栄が
自然に消滅していくのは仕方が
ないことなのです。






他人をそれほど必要としない
実栄を手に入れれば(実栄を
目指す方向で生きていけば)、
必要以上に他人の目など気に
ならなくなります
し、自分の
人生を自分でより良くしていく、

という感じで精神的にも自立
(自律)できている人間に
なっていく
のだと思います。


しかし自分も他人にも虚栄を
認め、虚栄でいいやとごまかし
続けている人には、周りに
まともな人が集まってきません。
フランクルの言う通り、虚栄は
しょせん他人あっての虚栄なの
です。
しかし実栄は他人があろう
となかろうと実栄です。



それならば他人に左右されない
実栄(=他者ではなく自らを征服
した者の、内的な真の自信)

目指していったほうが、よほど
良い人生が送れるのではないか
と私は思います。



posted by ごくう at 21:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 「生きる力」日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2016年10月29日

一方通行型のコミュニケーションでは消耗していくだけになる



「コミュニケーションは一方向だけ
ではなく双方向で行われる。」



これがコミュニケーションの基本
なのですが、どういうわけか一方
通行な感じで行われるコミュニ
ケーションを取ろうとしてしまう
人がいます。


友人でも恋人でも家族でも仕事仲間
でも、コミュニケーションのスタイル
が一方向で、これが基本のスタイルに
なってしまうと、自分も相手もどん
どんと消耗していくことになって
しまいます。



自分だけが常に引っ張っている状態
(発信している状態)だとネタも
枯渇しがちになりますし、相手も
いつも引っ張られる状態(受信のみ
の状態)なのはイヤだなと感じる
ことも出てくると思います。


このようにならないようにするために、
意識的に双方向的にコミュニケー
ションをとるようにすれば、お互い
の情報や気持ちが循環しますので
良い関係が継続していく
と思います。






双方向のコミュニケーションが無い
一方向的なスタイルだと、どうしても
イベントやサプライズに頼る形
コミュニケーションを取ろうとして
しまいます。


これこそお互いが消耗する原因です。
(相互で情報や気持ちが循環しません
から、当然と言えば当然です。)


そうなると一方向的なコミュニケー
ションをを取る人は、「コミュニ
ケーション取るために
イベント的な
こと、サプライズ的なことをを用意
する」
ようになります。


このようなことは花火のようなもの
ですから一時的には盛り上がるかも
しれませんが、その盛り上がりは
パッと消えてしまうものです。


コミュニケーションを取るために
このような盛り上がりを用意する
必要はそれほど無いと思います。

もしそのような盛り上がりを求めて
いるのであれば、お互いの関係は
すでに危機的状況な可能性があります。
だってイベントやサプライズが無いと
コミュニケーションが取れてない感じ
がするわけでしょう?そんな状態が
良い状態だとはとても思えません。







もちろん節目節目でのイベント
は大事でしょうが、日々の中で
双方向型のコミュニケーションが
取れていれば、節目以外での
イベントやサプライズはそれほど
必要ないはず
です。


お互いが消耗していくだけの
一方通行型(コントロール型)
のコミュニケーションになら
ないように、双方向型(脱
コントロール型)
で循環する
ようなコミュニケーションに
なるように気を付けていきたい
ものです。



posted by ごくう at 23:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2016年10月27日

私情と人情を履き違えない



最近このブログでは色々間違い
やすいことに注意するための
ネタを書いてきました。


例えば・・・


「好き/嫌い」と「良い/悪い」を
混同しない

http://bit.ly/2fai5fH


「情に頼る」人は「情に厚い」人を
利用しようとする

http://bit.ly/2eUQKcv


などです。「好き嫌い」「情に厚い」
などは何かと都合のいいように
捉えられる傾向があるので、特に
注意が必要かと思います。


今回もこのようなよくある間違い
(自分の都合のいいように解釈して
しまう間違い)を書こうと思います。



それは


「私情と人情を履き違えない」


ということです。





人と人との関係では人情が大事、
などと平気で言う人がいますが、
このような人に限って実は人情
ではなく私情が大きく勝っている、

ということがよくあります。


商売でも人間関係でも人情は確かに
大事だと思いますが、この人情が
強くなりすぎるとただの私情に
なります。
私情になってしまうと
どうしても公平に扱うことができ
なくなってきます。お互いに私情
の関係(ベッタリな関係)になって
しまうと、客観性や公平性に欠け、
周りから見ると「??」な状態
なのですが、私情が強い関係だと
その周りの目すら分からなくなって
しまいます。



そうすると自分たちは人情だと
思っていても、周りからすると
「それはただの私情だろう!」
と思われてしまい、それで大きな
損をしてしまうのです。





だいたいどんな関係性でも、
本当に人情のある人はいちいち
「人情」「人情」と言いません。

そんなものはわざわざ口にする
ものではなく、当たり前のこと
だからです。


しかし人情と私情の区別がついて
いないような人ほど、やたらと
「人情」「人情」と言います。
このような人の多くは人情では
なく私情を挟むことが多い、と
私は経験的に思っています。


私が社会人になってよく見るのは


「(零細企業の経営者が)大企業
は人情が無いから嫌い。私の会社
には人情がある。」と自信満々に
語っているのに、やたらと離職者
が多い。

→社内の人事は仕事の出来不出来
ではなく好き嫌いで決めている。
(私情を挟みまくっている。)



とか、


あいつは仕事をよくやっている。
だから昇格させよう。

→実はあまり仕事ができていないが
(周りの評判もそれほどではないが)
自分を脅かす存在ではないので、
より言うことを聞かせるために
昇格させよう。(完全に私情優位)



というようなパターンです。
まあ一概に私情優位とは言えない
パターンもあるとは思いますが、
やはり私情が優位になりすぎると
周りからの信用がなくなる
という
ものです。


自分は人情でやっていると思って
いても、それはただの思い込みで
実は私情ではないか・・・。


このような自己チェック機能が
大事かと思います。



posted by ごくう at 21:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 「生きる力」日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2016年10月25日

とても良い記事:マウントポジションを取りたがる人の話



あなたのまわりにはマウント
ポジションを取ろうとする人
はいますか?


※マウントを取る、マウント
ポジションを取る、マウン
ティングとは、上に立とうと
する、優越的立場(優位性)
を誇示しようとする、
という
意味です。



このマウントを取ろうとする
人は男女を問わず案外いる
ものです。


私も昔から「何でこの人は
こんなにマウントを取ろうと
するのだろう??」
と思う
人がいました。


またこのブログでも「コント
ロール思考」
という言葉で
相手(他人)・状況・結果を
コントロールしようとする人
について書いてきました。


マウントを取る思考もコント
ロール思考も根っこは同じ
ような気がします。そこが
分かるとマウントを取ろうと
する人、コントロールしよう
とする人に対してうまく対処
できるようになって日々の
ストレスがかなり減ると私は
思います。





---------------------------------

基本的に身近な人には本当に恵まれていて、
性格がよくて明るくて自分の好きなことが
あって、悩んだり迷ったりするけどそれも
ちゃんと自分で受け容れているような、
そういう良い友人が多いのですが。
ごくごくまれに、仕事関係だったり、
大きめの飲み会の席で何となく隣り合わせ
になったりして、びっくりするほど攻撃的
な人
と出会うことがあります。


やたら自慢話や薄っぺらい哲学を披露した
かと思えば、急にこちらを見下したような
否定的な言葉を投げてきたり、「ヤダな」
と思って距離を置こうとすると追いかけて
きたり、よくわからない執着をしてきたり、
一体何がしたいんだろう、というような
タイプです。
こうして自分の考えや思ったことを公開し
続けていると、実際に会っていない人からも
そういう謎メッセージを受け取ったりして
驚くことがあるのですが、やはりそういう
タイプの人も、自分がいかに素晴らしい/
努力してきた/苦労してきたか
、を延々と
披露した挙句、だからお前はダメなんだ、
と攻撃してくることが多いです。


批判の意見は喜んで受けようと思って努力
しているんですが、意味不明な攻撃について
はどうしても受け容れ難く、何でこの人は
そんなことを言ってくるんだろう?もっと
生産的な、何か違うことにエネルギーを
使えばいいのに?と思うことしばしば。


ずっとそれをモヤモヤと考えていて、心の
なかのカテゴライズでは、そういう人たち
のことを「何かとマウントポジションを
取りたがる人たち」
という括りで考えて
いたのですが、ヒントになることがあり
ました。・・・・


引用:インターネットの備忘録
http://bit.ly/2dFggGj
---------------------------------





このブログでは引用してませんが、
記事の後半にとても重要なことが
書かれています
ので、ぜひ上記
リンクよりお読みください。



さて・・・、マウントを取ろうと
する人はやはり自己肯定ができて
いないのだ、
と思います。


自己肯定できていない人は他者
を肯定できない。自我が弱い
(自己理解が弱い)から自分
に自信が無い、だから他人も
あまり信用できない。
自分に自信が無いからその
穴埋めをするかのように虚勢
を張ってしまう。
でも所詮は
虚勢だから何となく浮ついて
いて(演じている感じがして)
マウントを取るような行動に
出てしまう・・・。


こんな負のサイクルでグルグル
と回っているのが「マウントを
取りたがる人」であり、「コント
ロール思考の人」だと思います。





自己肯定感がある人は、自分に
とってどうでもいい人に対して
「いい感じで放っておく」こと
ができますが、自己肯定感が
弱い人は相手をコントロール
しようとしていまいます。

そしてコントロールできない
となると相手を否定し始める
のです。


ひょっとするとマウントを取ろう
とする人、コントロールしよう
とする人は、実は相手に受け入
れてもらいたいのかもしれません。

一見すると相手に対して強気に
出て支配しようとしているように
見えますが、実は自分を受け入れ
てもらう人(場所)を探していて、
でも自己理解が弱いから強気に
出てしまって、それがクセに
なってしまっているのかも
しれません。
自己肯定感が強い人はそんなこと
せず、自然体ですから(ちゃんと
自分の場所を作ってますから)。



そう考えるとマウントポジ
ションを取ろうとする人、
コントロールしようとする
人は、本当はかなり寂しい
日々を送っているのかも

しれませんね・・・。



posted by ごくう at 23:37 | Comment(2) | TrackBack(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2016年10月23日

家は10年も経つといろいろ傷んでくるな・・・。



今の家(マンション)を買って約10年。
我が家は大規模マンションのせいか、
外観はそこそこ綺麗な感じなのですが
(高い管理費払っているせいかメンテ
がとてもしっかりしている)、やはり
10年も経つとあちこち傷んできました。



まず交換したのはディスポーザー。
ディスポーザーの寿命自体が7年位
ということらしいのですが、我が家
のものは9年目で故障したので、まあ
こんなものかと。ディスポーザーは
別に無理して使う必要も無いのですが、
奥さん曰くあると相当便利らしいので
買い替えをしました。


次は給湯器。これはまだ壊れてはいな
かったのですが、だいたい10年が寿命
ということで、壊れる前に替えました。
急にお風呂に入れなくなるのはかなり
痛いですからね。


次はお風呂の水栓。9年目あたりから
水がポタポタと漏れ出し、その漏れが
どんどんひどくなってきたので修理屋
さんに見てもらったところ、水漏れは
内部の劣化が原因とのことで全交換。
工事費と水栓代で8万円位しましたが、
これも経年劣化ということで消耗品
みたいなものなので仕方ないことです。





最後はカギ。最近のカギは防犯対策で
複雑なカギ(ディンプルキー)になって
いるのですが、そのカギも10年も使って
いるとズボンのポケットに入れている時
にどこかに当たったりするせいか小さな
バリが出てしまい、それでカギが使えな
くなってしまいました。



私はこのバリに気付かず、マンションの
出入り口の鍵穴に入れたらそのまま抜け
なくなってしまい、管理人を通して業者
を呼んでもらって直したのですが、この
修理に3時間くらいかかってました(シリ
ンダーも交換になったらしい)。
修理代はマンションの管理組合から出る
ので助かったのですが、これが一戸建て
だったら一体いくらの出費になっていた
か・・・。
ちょっと怖いものがあります。





まあそんなこんなでディスポーザーやら
給湯器やらお風呂の水栓やらカギやら、
色々壊れてくるのが10年なんですね。
ということは、あと10年、さらにもう
10年したら同じようなことが起こる、
ということ。そのつもりでいないと
いけないなあと思っています。


今更ですが、家に住んでいるだけでも
いろいろとお金がかかるものですね。
けっこう出費が痛いです・・・。



posted by ごくう at 23:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | ただの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする