2017年09月18日

現実と向き合わずコントロールばかりしている(されている)と精神年齢が低いままになる




物事には何にでも本流(ホーム)と
傍流(アウェイ)があります。
本流(ホーム)を頑張って成果を
出している人は、傍流(アウェイ)
を軽視するわけではありませんが、
あくまで傍流は傍流ということを
わきまえています。
まずは本流で
頑張って成果を出して、それから
傍流に取り組むか、というスタン
スなので、周りからみても気持ち
良いものがあります。


しかし本流(ホーム)がイマイチで
成果も出ないので傍流(アウェイ)
を必死に頑張ろうとする人がいま
す。このブログでもこのことに
ついて色々書いてきましたが、この
ように傍流(アウェイ)でばかり
頑張り、本流(ホーム)をバカに
したり(軽視したり)、下手を
したら自分の本流(ホーム)自体が
何だったか分からなくなって
しまった
、ということもある人は、
次第に人生がうまくいかなくなって
いきます。
これは周りから見ても
「ウザい」ので応援者ができません
し、そもそも本流(ホーム)軽視の
姿勢自体が「この人は一体何がした
いのだろう?」
という、何とも変な
感じな人に見えてしまうからです。


▼過去の関連記事はこちら

自分に自信が持てないとなるキョロ充は
「がんばるポイントが違う」。

http://bit.ly/2xrm5zS


ホーム人間とアウェイ人間
http://bit.ly/2yiR9jj


コントロール思考になると【人生の積み重ね】
ができない

http://bit.ly/2xqTIln





こんな感じで傍流(アウェイ)に
ばかり目が行ってしまうという
ことは、結局のところ


現実と向き合うことができない


ということです。

本流(ホーム)を頑張っている
人はたいてい現実と向き合って
物事に取り組んでいます。

良いにしろ悪いにしろ現実は
現実
ですから、そこに真正面
から向き合って物事に対処し
ようとします。


そうすると不思議なもので、
サポートしてくれる人が出て
きたり、良いアイデアが頭に
湧いてきたりするのですが、
現実と向き合わずに傍流
(アウェイ)にばかりに
意識が行ってしまう人は、
結局のところ逃げているだけ
ですので、根本的な解決には
何もならないのです。


しかしそれに気付かず、この
ように傍流(アウェイ)に
ばかり目に行くことが癖に
なってしまった人
は、いつ
までたっても精神年齢が成長
せず、低いままという状態に
なりがちです。こういう人
ほど


私は精神年齢は低くない。
なぜなら大学も出ているし、
趣味が読書やスポーツなので
精神的に成熟しているはず。
仕事もバリバリやっている。



というような発想になりがち
なのですが、精神年齢とは
趣味とか学歴とか仕事とか
そういう話ではなくて、
要は


「精神的・経済的に自立して
いるか(特に精神的に)」


ということなのではないで
しょうか。





精神的に自立している人は
利他の精神に富み、親や兄弟
や友人、同僚などとも適度な
距離を取りつつ付き合うこと
ができます。
しかし精神的・
経済的に自立できていない人
これができません。経済的
には自立できていたとしても、
それまで現実と向き合わず
コントロールすることで
(本流から目を背け試行錯誤
もせずに傍流にばかり目を向
けて悦に浸っていたことで)
自分(自我)が育っていない
のです。


現実と向き合うとは、自分で
進路を決め、自分で仕事を
選び、自分で恋人や結婚相手
を見つけて生きていくこと

です。学校や会社でも人間
関係の難しさに悩んだ時も
自分主体で解決していこうと
している
人のことです。
(もちろんこれらのことは
すべて一人で抱え込んで、
というわけではありません。)


この反対に「現実と向き合わ
ない」というのは、学校も
進路も仕事も他人(親)の
言う通りにし、恋人や結婚
相手すら他人(親)の判断
を仰ぐ、という姿勢のこと

です。ここに精神的自立は
どこにもありません。


そう考えると自分から現実と
向き合うことを放棄している
場合もあれば、「親などから
コントロールされている」

いう場合もありますので、
後者の場合だと自分で
このことに気付くことは
なかなか難しいかもしれ
ません。


自分から本流と向き合い、
そこに真正面からぶつかって
いくことはとても大変なこと
です。しかしこうやっていか
ないと自立はあり得ません。

いきなり全部を真正面から
ぶつかる必要な無いでしょうが、
精神年齢を高めていくため
にも(本当の意味で自立で
きている人間となるために
も)、少しずつでも本流に
ぶつかっていく練習をしない
といけない
のだと思います。


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posted by ごくう at 12:18 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2017年09月17日

「内から目線」と「外から目線」


よく「上から目線はダメだ」
「上から(目線)な言い方だ」
などと言って、「上から」と
いうことに不快感を示す風潮
があります。(特にここ数年
はこの傾向が強いと私は感じ
ています。)


もっというと「上から目線」と
同じような意味なのか「意識
高い系は・・・」などと言う
こともあります。これも「上
から目線」の不快感とほぼ
同じような感じで、意識が
高いのはなんとなく不愉快、
というニュアンスがある言葉
だと思います。


個人的には「上から目線」だの
「意識高い系」だのはそれほど
気になりません。


なぜならそれは「ある意味で
当たり前」
だからです。


実際に能力の高い人、意識が
高い人にとってはその目線で
から見ているからこそ見える
領域があり、その領域でモノ
を見れる人がいるからこそ
世の中が回っている、という
面があるからです。でなければ
大学や大学院も必要ありません
し、何かの能力を証明する様々
な資格試験も必要ありません。


なのでやたらと「上から目線は
不快」
だの「意識高い系は×」
なんて言っている人は、単に
「意識が低いだけ」ということ
も多いので、そんなに気にする
必要はないのだと私は思います。





それよりもむしろ「気にしない
といけない」のは「上から目線」
ではなく、


「内から目線」か、それとも
「外から目線」か



ということだと思います。


学校であっても会社であっても
「内から目線」になっている、
というのは、その組織からの
目線しか持っていない
、という
ことです。


荒れ果てた学校でシンナーを
吸ったり(今時シンナーもない
かもしれませんが)違法薬物を
やったりして「自分はイケてる」
と感じるのは、それは荒れ果てた
学校からの「内から目線」だから
であり、いくらそこでシンナー
を吸ったりしてもあくまでその
世界からの目線での評価でしか
ありません。世間という「外から
目線」で見れば「ああ、ただの
Fランク学歴のアホがいきがって
るだけだな(笑)」
で終わりなの
です。


これは会社でも同じです。
いくら会社で偉くなって役職が
ついても、外の会社から引き
抜きに合うくらい能力の高い人
なんぞ実際には稀もいいところ
ではないでしょうか。とりわけ
40代以上ともなればその傾向は
顕著であって、会社内ではある
程度通用したとしても、社外
から見たら


「え?あの人あれで部長なんて
やってるの?」



という人は結構多いですから。





もちろん「内」では通用して
いるわけですから、良い面も
あるのだと思います。しかし
ずっと「内から目線」だけに
なってしまい、その目線から
の見方がすべて正しい、と
なってしまうと、次第に
「内」からすらもそっぽを
向かれてしまう
ものです。


そういった点からすると、


ああ、今は「内から目線」だな。


とか、


「外から目線」で見ると、こう
いう見方になるのか。



といったことを自覚する、と
いうことがとても大事なこと
なんだと思います。これを
ほんの少し自覚するだけでも
見方が「内から目線」「外か
ら目線」のどちらかに偏りす
ぎないでいられるのだと思い
ます
が、この自覚すら無いと
長年その組織にいると偏りが
出てきてしまい、それが原因
でうまくいかなくなる、とい
うことが多くあるような気が
します。


そういった意味では社会に
出る学生時代に、すでにこの
「内から目線」「外から目線」
が出来つつあるような気がし
ますので、注意が必要
なのでは
ないかと思います。どちらかと
いうと「内から目線」からの
ほうがコントロール思考に
陥りやすいような気がします。
(もちろん「外から目線」だけ
でもコントロール思考になり
ますが。)


「上から目線」だけでなく
「外から目線」「内から目線」も
もっと世間で言われてもいいの
では?と個人的には思います。


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posted by ごくう at 13:45 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

気になる記事:出口見えない「異次元緩和」に潜む恐怖の未来 景気悪化や超円安、超インフレもありえる




最近北朝鮮や不倫の話題ばかりで
日本経済にとってとても大事な
問題である「アベノミクス」や
「異次元緩和」、「黒田バズーカ」
といった話題はあまり言われなく
なりました。しかし日本はすでに
様々な業界で人手不足感が出て
きており、さらに高齢者の比率が
増えていくことから、財政悪化の
問題はそう遠くないうちに本格的
にクローズアップされる
と思います。
これがクローズアップされるタイミ
ングは北朝鮮の戦争だったり、安倍
内閣の終わりの時だったりするかも
しれませんが、その前に準備できる
今がある意味「仕込み時」とも言え
ます。



どんな形で「異次元緩和」が終わり
を迎えるかは分かりませんが、
いずれにしても日本の未来を考える
と円安やインフレを考慮する必要は
相当にある
と思います。
外国株のインデックスファンドや
ETF、金現物(コイン)などを所有
し、リスクヘッジをしておくことが
自分の身を守ることになると私は
考えます。これは悲観論でも楽観論
でもなく、日本の人口動態や財政
状況を見れば一目瞭然
です。現在
金融資産が日本円(日本株)のみ、
という方は、リスクヘッジに外国株
や外国の通貨、金を持ってみては
いかがでしょうか。





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「懺悔」されてしまった日銀黒田バズーカ


アベノミクスが始まって以来、日本銀行は
2%のインフレ目標を抱えて「異次元の量的
緩和政策」いわゆる「黒田バズーカ」を
4年前に放って以来、国債やETF(上場投資
信託)、REIT(不動産投資信託)を毎年
80兆円超も買い続けてきた。


こうした異次元緩和の経済政策は、空から
ヘリコプターでお札をばらまく「ヘリコ
プターマネー」ではないかといわれて
きた。このヘリコプターマネーを日本
に提唱したのは、元FRB(連邦準備制度
理事会)議長で著名な経済学者のベン・
バーナンキ氏だ。ヘリコプター・ベンの
異名でも知られるバーナンキ氏の経済
政策によって、米国経済はリーマン
ショックからいち早く景気回復を実現
させたことで知られる。





2016年に発表された消費税率アップの
延長も、安倍晋三首相がバーナンキ氏
との会談後に決めたことで注目を集めた。
要するに、日銀が現在も続けている
異次元の量的緩和の理論的な支えで
あり、精神的教祖様ともいえる。


ところが、そのバーナンキ氏がこの
5月24日に日銀行内で行われた講演で、
とんでもないことを口走った。


「私は理解が足りなかった」


「初期の論文での指摘は楽観的で、中央
銀行が量的緩和を実行すれば、デフレを
克服できるはずと確信しすぎた」


「ほかの選択肢を無視しすぎた」



まさに、日銀が現在も続けている金融
政策が過ちだった、と白状してしまった
のと同じだ。さすがに、大手メディアは
そろって無視したが、日銀の黒田東彦
総裁の胸中は穏やかではなかったはずだ。
かけられたはしごを思いきり外された
ようなものだ。・・・・・・(続く)


引用:東洋経済オンライン
http://toyokeizai.net/articles/-/179164
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posted by ごくう at 01:14 | Comment(0) | ただの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2017年09月10日

「ほめる」と「おだてる」を混同しない


自分に対して、また他人に対して
「ほめる」という行為はとても
重要だと思います。


自分自身を「ほめる」ことは自己
肯定感や自信に繋がり、また次も
がんばろうという気になります。


他人を「ほめる」ということも
とても大事です。自分の親や子供、
兄弟を「ほめる」ということは
相手を尊重している、という
メッセージになります。親族に
「ほめる」というのはなかなか
恥ずかしいものがありますが、
それでも「ほめる」ところは
「ほめる」ということは大事だ
と私は思います。





しかしこの「ほめる」を取り
違えて、「おだてる」と
「ほめる」を混同している
人が少なからずいます。



「ほめる」はありのままを
見て評価
するものですが、
「おだてる」はありのまま
ではなく過大評価する
もの
です。


たまになら相手のためを思って
「おだてる」ということも
必要だとは思います。しかし
「おだてる」が常態化し、
もしくは「ほめる」と「おだ
てる」を混同してしまうと、
相手のためにも自分のためにも
なりません。



どうしてかというと、「ほめる」
はありのままを「ほめる」ので
コントロールではありません
が、
「おだてる」は過大評価してい
るので相手(自分)をコント
ロールしている
ことになるの
です。





「おだてる」ことで相手を
過大評価し、過大評価された
相手は勘違いしてしまうこと
もあります。そして「おだて
る」行為を行った人自身も
「おだてる=相手をコント
ロールできる」
と思うように
なってしまいます。このように
「おだてる」ことで成立する
関係は長続きしないのが普通
です。


コントロールは一時的になら
良いこともありますが、中長期的
に見ると良いことはありません。
それは何か「気持ちの悪い空気」
が周りを覆い、多くの人が不快
な気分となり、それが原因と
なっていずれコントロールの
関係は崩壊してしまうからです。


一見(最初は)良い空気に見えて
しまう「おだてる」という行為
ですが、「ほめる」とは根本的
に違う
ため、「おだてる」は
必要最小限にとどめておく方が
良いと思います。おだててばかり
いる人はいずれ「コントロール
しようとしている人」
と周りから
見なされ、次第に人が離れていき、
そして結果としてコントロール
できなくなっていくのです。


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posted by ごくう at 16:19 | Comment(0) | 脱コントロール思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

気になる記事:グーグルが突きとめた!社員の「生産性」を高める唯一の方法はこうだ




企業で「生産性を高める」という
ことは企業にとっては当然のこと
なのかもしれませんが、私は企業
の規模を問わず、また業種・職種
を問わず、うまくいったりいかな
かったりする気がしていました。
(※私は上場企業、ベンチャー企業、
零細企業の経験があります。)


うまくいってもいかなくても、
単純にその会社(チーム)の能力
が高いから(低いから)、とか、
コミュニケーションがうまくいって
いたから(いないから)、という
見方で話が完結しがちですが、
やはりそう単純なものではない
ようです。


昔の高度経済成長期のように
「今日より明日は必ず良くなる」
という雰囲気(国も会社も)なら
ともかく、そんな時代はむしろ
かなり特殊な時代なわけで、
成長したり衰退したりを繰り返し
たり、むしろ今の日本のように
国として衰退に入っていくような
時代こそ、この記事の内容は大事
なのではないかと感じました。


この記事にも出てきますが、
「心理的安全性」は友人関係・
恋人関係・夫婦関係・家族関係・
会社の人間関係など、「あらゆる
人間関係」に共通すること
だと
思います。そういった意味では
この「心理的安全性」が確保
できるかできないかというのは
とても大事ですし、これが即
自分の「生きる力」に繋がる
ような気がしてなりません。





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社員の生産性を極限まで高めるには、
どうすればいいのか――米グーグルが
2012年に開始した労働改革プロジェクト
の全貌が明らかになった。


社員同士のコミュニケーションを中心に、
その仕事ぶりを徹底的に観察するワーク・
モニタリングは、果たして功を奏したの
だろうか?・・・・・(省略)



共通するパターンが見つからない



分析の対象として、特に重視したのは
「チームワーク」であったという。


ビジネスがグローバル化し、複雑化の
度合いを深めている今日、多くの業務は
単独の従業員ではこなしきれない。どう
してもチームによる共同作業が多くなる
からだ。


このためプロジェクト・アリストテレス
では、社内の様々なチームを観察し、
上手く行っているところと、そうでない
ところの違いを明らかにしようとした。


たとえば「同じチームに所属する社員
(チームメイト)は、社外でも親しく
付き合っているか」「彼らはどれくらい
の頻度で一緒に食事をしているか」
「彼らの学歴に共通性はあるか」
「外向的な社員を集めてチームにする
のがいいのか、それとも内向的な社員
同士の方がいいのか」「彼らは同じ
趣味を持っているか」など、多岐に
渡る観察を行った。





人員分析部では、これらの観察結果を
図式化して、そこから業務目標を上回る
チームに共通するパターンを見出そう
とした。しかしパターン抽出が得意な
はずのグーグルなのに、自らの社員の
労働分析からは、目立ったパターンを
見出すことができなかったという。



たとえば同じく生産性の高いチーム
なのに、片方は「社外でも仲良く付き
合う友達同士」のような関係であり、
もう片方は「まともに会話するのは
会議室の中だけで、そこを出ればアカ
の他人」というような関係であった。


また、あるチームでは、強いリーダー
のもとに階層的な人間関係を築いて
いたのに対し、別のチームではもっと
フラットな人間関係を敷いていた。
それでも両者の生産性に、ほとんど
違いは見られなかったという。

・・・・・・(続く)


引用:現代ビジネス
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48137
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posted by ごくう at 10:39 | Comment(0) | 「生きる力」日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする