2018年10月28日

40代のストレス解消法は何か


40代というと何かとストレスがかかる
年代。
職場ではミドル層、家では子育て、
介護、そして自分自身の老化。そして
老後への準備など・・・。


考えただけでも色々なことがのしかかり、
ユングが言った「中年の危機」とは
いつの時代も本当に一緒で40代とは
何かとしんどいんだなあ、と思います。


かくいう私もその40代。


じゃあストレスがあるかと言えば、
実は30代より全然マシ!です。


確かに30代と比べて体力も落ちてますし、
覚えも格段に悪くなりました。
身近にいる人の苗字が出てこない、
さっきやったばかりのことを覚えて
いない、なんてしょっちゅう。
自分が30代の頃だったら「ああはなり
たくないな」と感じていたかもしれ
ません。


しかしそんな状況でもストレスを
あまり感じないのは何故でしょう。


理由は色々ありますが、主な理由を
3つ挙げますと、


1.無駄な人間関係に関わらなくなった
(必要の無い人間関係は距離を取った)


2.管理職になり自分の裁量が増えた


3.家族がいて健康でスピリチュアル的
  知識(引き寄せの法則等)が増えた



この3点なんではないかなと思ってます。






しかし逆にいえば・・・


必要の無い人間関係に関わり過ぎて、
管理職でなく(マネジメントせず)、
一人で生活していてスピリチュアル的
なことを知らない



としたら、私はストレスMAXで
荒んだ生活をしていたかもしれません。
(これはあくまで私基準の話です)


日本人は「ストレス解消をする」人が
多いといいます。(↓参照)

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「ストレス解消」をやめることにした。
原因の解決に向けたアクションで
前向きに生きよう!

http://bit.ly/2PYTEj7
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仕事や家庭のストレスを別のことで解消
しようとしても、ストレスの原因がある
限り同じことの繰り返し。
だったら
ストレスの原因をつぶしてしまうほうが
良いというものです。


ストレスが無い→無駄な浪費が無い、
という良いサイクルにしたいものですね。




posted by ごくう at 13:18 | Comment(0) | 「生きる力」日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2018年10月21日

良い記事:ダメ上司と優れた上司の違い、「論語」はこう説く



古典的書物の「論語」。
大昔から残り続けてきた書だけ
あって内容はとても深いです。
現代でも通じるところが多い
のは、人間の本質というのは
それほど変わらないという
ことなのかもしれませんね。


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えこひいきと派閥作りはいけない


君子は周して比せず。
小人(しょうじん)は比して周せず。


優れたリーダーは下の者みんなと
平等に対する。
えこひいきをしたり、利害関係に
よる派閥を形成したりするのは
ダメなリーダーのやることだ。
(為政第二/30)



リーダーにとって、自分のいうことを
無条件に「はい、はい」と聞いてくれる
部下はかわいいだろう。また利害関係が
一致する者とは、派閥を形成して権勢を
ふるいたくもなるだろう。こういった
リーダーは、部下を好き嫌いで区分して
見るタイプだ。


しかし、それは“ダメリーダー”の証。
自分とは意見の異なる者を退けるなどして、
組織内に馴れ合いの人間関係を蔓延させて
しまうからだ。



優れたリーダーは公平にみんなを受け入れ、
さまざまな考えに耳を傾けながら公正な
判断をする。
えこひいきをしないから、
派閥抗争や馴れ合いが生じることもない。
異質だからと排除されないから、部下たち
は自由に発言できる。


そんな優れたリーダーが率いる組織には、
開かれた人間関係があり、常に生き生き
とした精気に満ちているのである。
・・・・・(続く)


引用:東洋経済オンライン

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これはもう当たり前のことですね。
でもこの当たり前が意外とできて
いない上司は多いかもしれません。



もしかすると部下の方も
「好かれていたら有利」
というような思考を持っている
場合も多い気がします。
というかつい最近までの学校での
「ゆとり教育」なんかも、この
発想そのもののような・・・?
「テストの点よりも内申点を
大事にする=心証を良くする」
みたいなね・・・。


でも論語ではそのような非平等
的な発想では組織はダメになる
と説いているのです。

仕事でも内申点的な発想の上司
の下ではやる気なんか起きません
よね。極力平等に評価をするため
に、できる限り実績重視が良いと
思うのですが、どうでしょうか?




posted by ごくう at 17:19 | Comment(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2018年09月23日

本物のリーダーシップと偽物のリーダーシップの違い



リーダーシップ。


この言葉はよく耳にしますが、
よく考えるととても解釈が難しい
ですね。


引っ張っていく支配型のリーダー
シップがあるかと思えば、支援型の
サーバント型リーダーシップもある。
どちらもいい面も悪い面もあると
思いますが、どちらもリーダー
シップを取ってるともいえる。
(個人的にはサーバント型の方が
何かとうまくいくと思いますが。)


問題は本物のリーダーシップと
偽物のリーダーシップの区別が
ついていない人。



本物のリーダーシップは
「リーダー」の言葉通りで
人を引っ張っていける人。
人を引っ張るとは、人より
先にある程度のことを認識して
いる
、ということ。


人より先に起こりうることを察知
して、それを他の人に見せること
ができる人がリーダー。


あるいは道なき道に新しく道を
作って、皆が通れるようにする
人がリーダー。



どちらにしても人より先に、前に
行っていて、そこから導けるか
どうかがリーダーシップがあるか
ないかということです。


ところがリーダーシップを勘違い
して、人より先に、前に行くのでは
なく、「人より上に」という目線で
しか人を見れない人はリーダーとは
言えない
でしょう。


本物のリーダーシップのある人は
人より先を見ていますから、
色々な選択肢を用意しつつ人を
導きます。完全な正解で導ければ
それはすごいことですが、道なき
道を行っている以上、いつも正解
とは限りません。それでもこの道
がいいんじゃないか、と進んで
いけるのがリーダーというもの
です。






しかし偽物のリーダーシップを
とってしまう人は、新しい道を
切り開くわけでもなく、いくつか
の選択肢を提示するわけでもなく、
単に後からついていって「この
道は間違いなんじゃないか」
とか
「ここに標識が必要なんじゃない
か」「この舗装はなってない。
もっと良い舗装にしないといけ
ない。」
という言うだけです。


この「言うだけ」という点も
偽物のリーダーシップをとる
人の特徴です。本物のリーダー
シップをとる人は「言うだけ」
ではなく「実際に行動する」
のが特徴だからです。


本物のリーダーシップをとる
ことが出来る人は、何でそんな
ことが分かるの?
という感じで
見事に先を見ていることが多い。
何でだか分からないけど、現在
当たり前にやっていることの
土台作りは実はあの人がやって
いた、
という人がリーダーで
あることが多いように思います。


反対に偽物のリーダーシップを
とる人は、周りのあらさがしに
終始し、何かを指摘して上から
になった気分でいることが多い。

でもこれではいずれ人が離れて
いくというものでしょう。


本物のリーダーシップをとる
人は、間違いを指摘しても
それを良い方向に転化して
しまいます。
指摘して自分が
上からになった、なんていう
満足感に浸ることは決して
ありません。

このような姿勢がよりリーダー
という雰囲気を作っていくのかも
しれませんね。




posted by ごくう at 14:05 | Comment(0) | 「生きる力」日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2018年09月17日

その話、主観は何割で客観は何割?


人と会話していると自分の主観を
延々と語る人がいます。


私が若い頃の話ですが、


大学なんて行く意味がない


という人がいました。
こういう人は大学在学中でも
大卒でも高卒でもいくらでも
いるのものですが、当時の私は
特にこれといって反論もせず、
「まあそういう見方もあるか」
という感じでした。


大学に行く意味、確かに明確に
答えることができる人は実は
それほど多くはないかもしれ
ません。


しかし・・・、肝心なのはここ
なんですが、世の中に大学って
とてもたくさんありますよね。

これはなぜなんでしょうか?
意味が無い機関ならそんなに
あるはずがないのですが・・。



大学がこれほどあって、しかも
週刊誌なんかでも「〇〇大学に
入った人の出身高校ランキング」
という特集を見ますし、大学と
いうものに対して一定の関心が
世の中にはある、ということは
事実です。


でも人によっては「大学なんか
行く必要がない」という。
ここに妙なギャップがあるわけ
です。



よ〜く考えてみますと、「大学に
行く必要がない」という人の見方
のたいていは主観から来ている
ものです。その人本人、もしくは
友人、家族、職場の人程度の
エリアの人の見方、考え方から
強く影響を受けていることが
多いです。



しかし客観で見ますと世の中には
大学が腐るほどあって、しかも
行きたい人はいつの時代でも
一定数いるわけですね。






大学に行く必要はない


という話、この話の中の主観は
一体何割なんでしょうか?
これに対して客観の入る余地は
ないのでしょうか?



人の話の中で主観の割合がとても
高い、もしくは逆に客観の割合が
とても高い、という話をする人は、
私はあまり話をする必要はないと
感じています。(カウンセリング
の時は別です。むしろ主観と客観
のバランスを取ろうとすると思い
ます)


といいますのも、主観がとても
高い、という時は自分の見方しか
ない
わけで、客観を否定している
ことが多いですし、客観が入る
余地が無い時は「自分がいかに
正しいか、いかにまわりが間違
っているか」
という状態になり
がちだからです。


逆に客観がとても高いという時は
自分を守っているというか、単純
に情報だけで優位に立とうとして
いたり、単に情報の羅列だけで
満足している、という状態になって
いることが多いのです。これは
単に情報の交換であって、仕事的
なことでは意味がありますが、
それ以外だとそれほど意味は
無いように思います。


なので人(自分)と会話している
時、一体主観が何割で、客観が
何割なのか
を意識したほうが良い
と思います。理想の割合は5:5
だと思いますが、なかなかこう
いかないのが普通でしょうね。




posted by ごくう at 11:27 | Comment(0) | 「生きる力」日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2018年09月09日

やたらと優越感に浸ろうとする人の心理



日々生活をしていますと色々な人と
関わることが多いですが、その中で
「ん?」という人がやたらと優越
しようとしてくる人
です。


私がちょっと前に経験したのは、
4人ほどの飲み会があって、
そこは60代男性、40代女性、
50代女性、そして私(40代)と
いうメンバーだったのですが、
ここで60代男性がいかに自分の
仕事がすごいか、語り始めました。


その方はキャリアコンサルタント
なのですが、自分は学生の前で
色々講演をしている、あなたは
そのような仕事をしているか?
してないんじゃない?
みたいな
態度で私に話をしてきました。


実は私も会社で新人研修の担当
をやったことがありますので、
講師的な仕事はそれなりには
経験があるのですが、そこは
年配の人ということもあり、
サラッとかわしておきましたが、
このようなマウンティングと
いうか、相手より優越感に
浸ろうとする人が案外多いの
にはこの年になっても驚かさ
れます。


というのも私は子供の頃から
そのようなマウンティングの
ような行為はとても恥ずかしい
ことだと思うことがあり、私は
決して控えめでもないですし
それなりに言うべきことは
言うタイプなのですが、それは
決して優越感に浸ろうとする
とか、マウントを取ろうとか
そんなのは一切ない上で言う
べきことを言ったりしている
つもりです。






ところがどういうわけか何かと
マウンティングを取ろうとする
人がいて、これがこの飲み会の
ように真正面からやってくる
ならまだしも、裏でコソコソと
マウントするために画策する
ヤツなんかもいて、個人的には
そこまでして優越感を感じたい
のか?なぜそこまで?
と思って
しまうわけです。


結局優越感に浸りたい人という
のは、自分を良く見せようと
必死なわけで、それは結局の
ところ自分に自信が無いから
なんですね。
でも良く見せよう
とするのは見栄っぱりだから
ということなんでしょうけど、
これってやればやるだけ墓穴
を掘るというのがパターン

気がしてなりません。


だいたい本当に強い人は
自然体というか、ミスしても
すぐに素直に謝りますし、
怒る時は普通に怒る。つまり
とにかくナチュラルなんです
よ、強い人というのは。


でも逆に弱い人というのは
何か不自然が付きまとって
いて、優越感に浸ろうとする
あまり変に強気になりすぎて
しまったりとか、逆に謙虚に
なりすぎてしまう、とか、
とにかく演技じみている所が
ある
ことが多いんです。
ここで墓穴を掘ってしまう
んですよね。


だから真の優越感に浸りたい
のなら、強く見せよう、良く
見せようとするのではなく、
自然体で、かつ弱いところも
見せる
、というくらいの方が
真の優越感に浸れるのでは
ないかと思うのです。


まあいい年をして優越感に
浸ろうとしてしまう時点で
お察ししてしまう面もある
のですが、何にしても必要
以上に自分を良く見せようと
しないほうがカッコいいと
私は思います。




posted by ごくう at 23:10 | Comment(0) | ただの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする